第百四十話 妻としてその四
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「何かあればな」
「その時はですか」
「頼むぞ」
「わかりました、では」
「義兄上もそなたの命は助ける」
これは絶対だというのだ、己のことは置いておいての言葉だ。
「生きろ、よいな」
「では」
「浅井の血は絶えぬ」
子供達を見ての言葉だ、息子もいるが。
「男は。仏門に入れればな」
「命だけはですか」
「うむ、助かる」
そうなるというのだ。
「だからよいな」
「そして娘達はですね」
「兄上にお渡ししろ、織田家の娘とせよ」
これは市もだ、市は織田家きっての美女と言われてきた。信長にとっては最も可愛がっている妹なのだ。
それでだ、彼女はだというのだ。
「生きるのだ、わしの分までな」
「さすれば」
こう応えてだった、市も覚悟を決めてだった。
長政を送り出した、その時にだった。
長政はその市にだ、あることを問うた。
「義兄上のことだが」
「兄上ですか」
「あの方は金ヶ崎で鮮やかに退かれたな」
「そうでしたね」
「伝えたのだな」
市に対して問う。
「そうだな」
「お気付きでしたか」
「今だがな」
気付いたのはだというのだ。
「だがその通りだな」
「はい」
嘘はつかなかった、市もまた。夫の問いに対して包むものも含むものもなく素直に答えたのである。
「そうしました」
「どうして知らせた」
「袋を送りました」
それによってだったことも答えた。
「左右を縛った小豆が入った袋を」
「つまり袋の鼠か」
長政もそれを聞いてすぐにわかった。
「そういうことだな」
「兄上はすぐに察せられて」
「流石だな、それで退かれたか」
「まさかあそこまで早く断を下されるとは思いませんでした」
そして真っ先に退くこともだ、このことは市にとっても予想しないものだった。
「兄上は私の考え以上の方でした」
「わしも聞いて察したが」
長政もその資質はあった、だがなのだ。
「あの状況ならば朝倉殿を一気に攻め滅ぼすことも出来た」
「十万を超える大軍だからか」
「そうじゃ、それが出来た」
可能だったというのだ。
「その返す刀で当家を攻めることもな」
「それも出来たのですね」
「しかし確実かというとそうでもなかった」
充分過ぎる程出来たがそれは確実ではなかったというのだ。
「袋の鼠だったからな」
「その状況ではですね」
「我等も勝機はあった、これは確かだ」
「しかしそこで兄上は断を下され」
「そして都まで退かれてまた来られた」
それがだというのだ。
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