第百四十話 妻としてその三
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「よいな」
「あの、父上」
長政は父の今の言葉に驚きを隠せなかった、そのうえでこう言った。
「当家が天下人になることは」
「右大臣さえ討てばそれはなる」
「いえ、その様なことはこれまで一度も申されなかったのですが」
長政もそうした考えを持ったことはない、無論久政もだ。
それでだ、内心唖然となりながら顔にもそれを幾分か出して言うのだった。
「それが何故急に」
「考えが変わったのじゃ」
これが久政のこのことへの返答だった。
「だからじゃ」
「お考えがですか」
「わしが天下人となり御主が跡を継げ」
異様な雰囲気の中での言葉だった。
「わかったな」
「左様ですか」
「では出陣せよ」
あらためて長政に告げた。
「よいな」
「わかりました」
長政は唖然としたまま応えた、そうしてだった。
思うことを隠し久政の前から退いた、その時に今も父の左右に控える闇の衣を着た僧達を見た。
そのうえで今度は市のところに来た、見れば四人の子と共にいる。
一人の男の子が三人の女の子達の世話をしている、長政はその有様を見て目を細めさせてから市に対して言った。
「我等が子達はすくすくと育っているな」
「左様ですね」
「よいことだ」
まずこのことを喜ぶのだった。
「娘達は皆そなたに似ているな」
「そうでしょうか」
「特に茶々がな」
娘達の中で最も背の高い娘を見ての言葉だ。
「そなたに似ておるわ」
「茶々が特にですか」
「このままいけば楽しみだ」
こうまで言う長政だった。
「無事成人して欲しいな」
「どの子もですね」
「そうだな。だが」
それでもだとだ、ここで長政は言うのだった。
「わしは今から出陣してじゃ」
「兄上とですか」
「若しもの時は子供達を頼む」
こう市に言うのである。
「その時はな」
「いえ、殿は」
「わしは。何じゃ」
「兄上と戦いたくはありませんね」
市は強い声になった、その整った顔で長政を見て言うのだ。
「そうですね」
「それは」
「それは兄上も同じです」
信長もだ、そう思っているというのだ。
「あなたとは」
「そうか」
「そして出来ればです。殿を」
「言うな」
ここから先は言わせなかった、あえてだった。
「そのことはな」
「左様ですか」
「ことことに至っては仕方がない」
諦めている、いや既に覚悟を決めている言葉だった。
「そうなれば最後まで戦うしかない」
「だからですか」
「勝ちに行く、しかしじゃ」
それでもだ、若しもの時はだというのだ。
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