第二部 文化祭
第36話*暖かい手
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──もう、近寄ってこないでくれ
和人が告げ、その場を立ち去ったあと、明日奈は崩れ落ちるようにぺたん、と座り込んだ。
もう何分間もの間、こうしていただろうか。しかしそんなこと、今はどうでもいい。もうなにもかもが、何の意味も成さない。
全テガ、ドウデモヨクナル。
「ママ」
聞こえたのは、ユイの声。
「……わたしは、ママなんかじゃないよ」
明日奈は静かに口を開く。
「だって、パパがいないんだもの」
「ママはユイのママだよ」
「……あのねユイちゃん、パパはね」
「ママ、パパのこと嫌いなの?」
胸の奥がずきん、と痛む。しかし、明日奈の言葉に、和人はもっと悲痛そうな表情をしていた。明日奈の痛みなど、彼の比ではないのだろう。
「……ユイちゃん」
先ほど拭ったはずの涙が、抑えようもなく溢れ落ちる。
「わたしがね……嫌われちゃったの。パパに」
「なんで?」
「ママが……わたしが、キリト君にひどいことを言っちゃったの。だからもう、一緒にはいられないの」
明日奈の脳裏に、和人との思い出が駆け巡る。
大人びた雰囲気を持ちながら、少し子供っぽいやんちゃなところもあって、でもかっこよくて、色んな強さを持ち併せていて。普段は飄々としているくせに、笑った表情や眠っている時の顔は幼くて、浮世離れしていて。無鉄砲で、向こう見ずで無茶苦茶で、優しくて暖かくて。
「……ママは、パパのこと大好きなんだね」
ユイがにっこりと笑う。
「ユイ、わかるもん。パパだってママのこと、嫌いになってなんかないよ」
「……ユイちゃん」
ユイの小さな手が、明日奈の頭をゆっくりと、優しく撫でる。
「だからもう泣かないで、ママ」
明日奈が泣き止むまで、その手は動いていた。
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