第三十二章
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第三十二章
「戦場に向かうには身体を清め心を満たし」
「香水をかけ服を着飾り」
「向かうものです。それがイタリアの流儀です」
「わかりました。では」
速水もそれに賛同した。
「それで参りましょう」
「はい」
二人はまず早めの夕食を採り美酒と美食を楽しんだ。そして身を清めて香水を身に纏った。といっても速水はいつものスーツとコートに香水であったが。彼は変わるところがなかった。
だがアンジェレッタは違っていた。彼女は黒いまるで蝶の様なドレスを着て髪をアップにして飾っていた。そして薔薇の香水を身体に纏い艶やかな化粧までしていた。
「ローマ歌劇場へですか、お嬢様」
速水はそんな彼女に対して悪戯っぽく声をかけた。ローマ歌劇場はローまで最も有名なオペラハウスであり昔から多くの名歌手達が歌ってきた。スカラ座、フェニーチェ歌劇場と並ぶイタリアが誇る世界的なオペラハウスである。
「生憎違いまして、旦那様」
「おや、それは」
「戦いに参りますの」
「それではコロセウムですね」
「はい。それでは参りましょう」
「ええ、それでは」
二人は頷き合う。そしてコロセウムへ向かうのであった。
真夜中のコロセウムはしんと静まり返っている。石造りの巨大な建物の中には人一人いない。闇の中のその姿はまるで巨大な白骨の様であった。
かっては多くの観客や皇帝で賑わっていた観客席には石だけがあり軍艦や剣闘士達が戦ってきた闘技場は下が露わになりまるでここで命を落とした多くの者達の墓標が並んでいるようである。二人はその中に進んでいった。
「さて」
速水は闇夜のコロセウムの中で声をあげた。
「そろそろだと思いますが」
「そうですね」
アンジェレッタもコロセウム全体を覆うおぞましいまでの妖気を肌に感じていた。なおここでは帝政時代に多くのキリスト教徒たちが見世物として猛獣達の餌になっている。この恐ろしいまでの弾圧、虐殺をはじめたのはカリギュラであった。よく言われるようにネロではない。ネロは元々文化や芸術をこよなく愛し民衆の支持を常に気にかけている繊細な男であった。短気なところはあったが政治家としてそれ程無能でも狂気に捉われていたわけでもない。彼はキリスト教徒の弾圧に関しては前例に倣っただけである。明らかに狂気の世界にいたカリギュラとは全く違っていた。彼はローマ市民や奴隷達には死後も人気があり墓には花が絶えることはなかったという。彼等は名門の出身で気前のいい彼をよい皇帝として受け入れていたのである。彼の悪評は後世の捏造によるところが大きいのだ。
「来ていますね」
「用意はいいですね」
速水が問う。
「来ますよ」
「そこに」
コロセウムの中央をその猫の目で見た。闇の中にその目が光っていた。
中央に気が集まっていく。黒の中に紫を
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