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トワノクウ
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第二十二夜 禁断の知恵の実、ひとつ(五)
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んだって、分かってるんです……」

 くうは再び帽子を引っ張って顔を隠す。菖蒲に論破される程度のものを人間の証明だと信じていた自分が情けなく、縮こまるしかなかった。

「まあ私に言わせればもちろん差もあります」
「どんな、ですか?」
「ろくでもないのがどっちかなら、断然人間のほうです」
「――、ふぇ」

 表情と言葉にギャップがありすぎて理解が遅れた。

「人は殺すし盗むし騙すし犯す。妖は殺ししかしない。ね、人間のほうがろくでもないでしょう?」

 やっぱりとてもイイ笑顔のままだ。くうは急に目の前の男が恐ろしくなった。おかしな見解だが、元人間の菖蒲が同じ人間を「ろくでもない」と見限ることはあってはならない気がするのだ。

「そんな人ばかりじゃない、と言いたそうな顔、してますよ」
「え、と……はい。悪人よりうんと少なくても、善人もいるんじゃない、でしょうか。一般論として」
「そのご意見には私も賛成ですよ。でもね」

 くうはひく、と。喉元に刃物を押し当てられたように萎縮する。

「善人の顔をした者が次の日には悪人になって匿った人間を突き出したり、居場所を密告したり。人は簡単に反転する生き物です。しかも善人面の者達も、明日に自分が悪人になる予定なんてないから質が悪い」
「それは、一体どういう」
「最初はね、誰もが己の義に従いたくて救いの手を伸ばします。ですがそれは瞬く間に消える格好つけのやせ我慢。伸ばした手に責任を持てなくなった人々は、代わりにどうにかしてくれる地元の有力者や寺社仏閣に、重荷となった憑き物筋を引き渡します」

 菖蒲は教師をしているだけあって穏やかな諭し方をする。穏やかならないのは内容だけだ。

「さぞ気持ちよかったでしょうねえ。自分達は身軽になってその上金銭まで貰って」
「ひ、人を傷つけて貰ったお金で、気持ちいいなんて」

 正義感ではない。合法でない他社の蹂躙で利を得ればしっぺ返しが来るという、東雲(とううん)のビジネス方針の一つがくうにも染みついていたから出た台詞だ。

「変ですか? 篠ノ女さんも自分が嫌いなものを他人が嫌いだと言えば嬉しくなりません?」

 反論できない。少し前に見たマスコットキャラクターを「気持ち悪い」と言ったとき、潤が同意したのを大いに喜んだ覚えがある。

「責任は向こうが替わってくれる。自分達はただ妖に関わる者を押し付ければいいんです」
「大きな権力がするなら低い身分は自分の生活だけ考えよう、ってことですか?」
「よく分かっていらっしゃる」

 菖蒲は教え子が算数の正答を見つけたかのように嬉しげだ。

「だから私は人間が嫌いです。良心を貫けない人間達、上位に許されて善悪を問うことをやめた人間達に、私の妻は奪われたんですから」


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