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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
同期のバゲット
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 部下が休暇中であったことも、そのきっかけのひとつになったのだろう。
パウル・フォン・オーベルシュタインは、遅く取った昼休みに昼食を買いに出かけた帰り、パン屋の袋を片手に川べりの土手を歩いていた。新帝国暦1年8月の末。月の半ばまで続いた猛暑が嘘のように、この日の風は爽やかに澄んでいた。足元の芝は今が盛りと青々煌めき、風になびいて輝きを変える様は、思わず手を伸ばして触れてみたい衝動を呼び起こした。
「まだ時間はあるか」
オーベルシュタインは懐中時計で残った休みの時間を勘定すると、芝生の上へおもむろに腰を下ろした。手にしていた紙袋を脇へ置いて、中から野菜サンドを取り出す。緑の香りと焼き立てパンの香りを鼻腔いっぱいに吸いこんで、サンドイッチをひと口含んだ。

この日オーベルシュタインは、正規の休憩時間に昼食を食べ損ねてしまった。いつも気を利かせて軽食を準備してくれる部下もあいにく不在であり、どうしたものかと考えあぐねていると、書類を受け取りに来た秘書官のシュルツが、近くに新しくできたパン屋の情報を残して行った。従卒にでも行かせてはいかがですかとのシュルツの提案にも関わらず、オーベルシュタインは自らこうして足を運んだ。それなりの理由はあったが、軍務省を出て外の空気を吸い、気分を変えたくなったのが最大の要因であっただろう。
ともあれ、さして大きくもないサンドイッチをあっという間に頬張ってしまうと、オーベルシュタインは紙袋を置いたまま、ごろりと芝生に寝転がった。冷徹非道な軍務尚書らしからぬ姿であったが、トレードマークである灰色のケープは執務室に置いてきてあるから、傍から見れば彼の地位など分かるまい。分かったところで咎め立てられることもないだろう。とりとめもなくそんなことを考えながら、青空に浮かぶ入道雲を眺めた。
「すべてを忘れてしまえそうだな」
ゆっくりと流れる雲は彼の波立った心を穏やかにし、爽やかな青空は湿った胸に心地よい風を送り込んだ。5分もそうしていると、澄んだ空だけが映った視界の中に、ふいに影ができた。
「軍務尚書殿」
自分と同じ若白髪を持つその影は、薄っすらと笑みながら自分を見下ろしている。
「ケスラー上級大将か」
半眼を眩しげに僚友の方へ向けると、名を呼ばれたウルリッヒ・ケスラーは軽く頭を下げて口を開いた。
「オーベルシュタイン元帥……」
「かしこまらずとも良い」
何かを言いかける僚友へ咎めるように、しかし柔らかな口調でオーベルシュタインが機先を制した。途端に、名うての憲兵総監の相好が崩れる。
「卿のそんな姿を見るのは、士官学校の野営訓練以来だな」
そうだったかと答えながら、パンの入った紙袋を持ち上げて僚友のスペースを作ってやる。ケスラーは同年の上官に倣って隣に腰を下ろすと、寝そべったままのオーベルシュタインへちらりと目をや
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