参ノ巻
陸の魚
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た。
「・・・やーっ!いやーっ!瑠螺蔚さまー!瑠螺蔚さまー!」
由良の抵抗は凄まじかった。僕は全て人任せで、なぜかぼんやりと、入り口に突っ立ったまま一部始終をただ見ていた。
離されまいとする由良は、どこにそんな力があるのか、下男に必死で抵抗していた。しかしそれも長くは続かず、握りしめた指は引き剥がされ、両腕を押さえられ、駆け寄ることもできない足は空を蹴っていた。その姿には憐憫の情を覚えずにはいられないが、瑠螺蔚さんを求めて激しく泣くその声はただただ耳を塞ぎたくなる心持ちだった。
「高彬殿」
声をかけられて、僕はいつの間にか自分が目を閉じていたことに気がついた。開いた目の前。忠宗殿の腕の中には、女がいた。力なく忠宗殿に抱えられている。顔は、髪で隠れて見えない。・・・それなのに、どうしてわかってしまうのだろうか。それが、僕が愛したその人だと。
いのち震えるほど、触れたい。
けど、触れたら二度と、手放せなくなる。
「しつこいようだが・・・」
僕は遠慮がちに切り出されたその言葉の続きを目で制した。聞きたくなかった。なにもかも。
忠宗殿は再び大きく息を吐いた。こんな意気地の無い僕の心の中なんてお見通しなのかもしれない。
「帰るか、瑠螺蔚よ」
忠宗殿は小さく呟くと、なんの躊躇いもなく僕に背を向けた。そのまま二歩、足を進めてから立ち止まった。
「高彬殿。妻を娶られよ」
かけられた声に、僕は咄嗟に反応できなかった。
「今は儂が何を言っているかと思うかもしれん。腹が立つなら受け止めよう。然るべき刻に思い出してくれて、その枷を軽くできたらそれでよい。高彬殿、妻を娶られよ。瑠螺蔚に義理立てなど決して為さるな。心を凍らせてはならぬ。そなたはまだ、若いのだから・・・」
忠宗殿も、由良も、誰一人いなくなった部屋の中、夕闇が差し込んでくる。
人のぬくもりも何もかも、冬の冷たさが奪い去る。
吐く息が白い。頬を一瞬だけ暖めてから消えて流れる。
ですが忠宗殿。それでも消えない想いは、どうしたらいいのですか。
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