参ノ巻
陸の魚
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不意に由良がぽつりとそう言った。
「・・・だから忠宗さま、後生ですから瑠螺蔚さまを連れて行かないで下さいませ。明日になれば、きっと目を開けて下さいます。だから、だから・・・」
震えるその語尾は涙にかき消された。
由良・・・。
僕は一瞬だけ、由良に引きずられそうな自分の感情を整えるために唇を噛んだ。
由良の気持ちは痛いほどわかるし、ここに忠宗殿がいなければ、好きなだけそうやって泣かせてやれただろう。僕だってそう心のままに振る舞えたら、どんなにか・・・。
「由良、忠宗殿を困らせるな」
ああしまった。もっと他に言いようがあっただろうに、思っていたよりも固い声になってしまった。由良はそんな僕をまるで責めるように一層酷く泣く。
由良を見ているのが辛かった。僕の心の一番弱いところを曝し出しているかのようで。
「いや高彬殿、無理もない。急なことだったし、儂は出直すとしよう」
忠宗殿が気を遣ってそう取りなされたが、僕はいいえと首を振った。
事実はどうやったって変わりはしないのに、時間が経てば離れがたい気持ちだけが勝ると思ったからだった。
その判断が正しいのかさえわからないまま、僕は由良を宥めるために近づこうと、した。
しかし足が動かない。
僕の位置からは由良が縋り付くその人の顔ははっきりと見えない。
あれは・・・あれは、誰だ?
いや僕は何を言っている。あれは、あれが誰かなんて・・・決まっているじゃないか。由良が取りすがって泣いているのだ。瑠螺蔚さんのことを嘆くのに、他の誰にしがみついて泣くと言うのだ。いや、でも・・・。
「忠宗殿、そうと決まればはやいほうがいいでしょう。こちらで言い聞かせておきますので、由良のことはお気になさらず。忠宗殿も瑠螺蔚さんと積もる話があるでしょうし、連れて行く人手が足りないというのなら、佐々家からいくらでも人をお貸しできます」
混乱する気持ちとは裏腹に、口はもっともらしい言葉を紡ぐ。
「高彬殿・・・」
忠宗殿は驚いたように僕を見た。僕の本心を量るかのように、じっと。
そして、重い息をついた。
「俊成も、瑠螺蔚も、あやめも・・・蕾も。みんな儂を残していってしまったなぁ。こんなことになるのだったら・・・いや」
忠宗殿は何かを振り切るかのようにすくっと立ち上がった。
「高彬殿。本当によいのだな?」
僕は頷いた。
忠宗殿は、疲れたように息をつい
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