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涼しい風
第四章

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「ではな」
「お別れですか」
「いよいよ」
「今まで有り難う」
 かんどることになる彼等に礼を述べる。
「ここにいてくれてな、そして最期も見てくれるな」
「いえ、お礼には及びませんので」
「お気になさらずに」
「そうか、ではだ」 
 島崎は彼等の笑顔での言葉に微笑みで応えた、そして。
 ふと部屋の障子の方を見た、そこから夏の庭が見える。
 暑い白い日差しとセミの鳴き声が緑の草木が多い庭にある、島崎はそれを見ていた。
 そのまま世を去ろうとしていた、だが。
 その庭からあるものが来た、島崎はそれを感じて言った。
「涼しい」
「涼しい?」
「涼しいのですか」
「涼しい風が入って来た」
 周りの者達に笑顔で言った言葉だ。
「今庭の方から」
「風がですか」
「入って来たんですか」
「入って来たよ」
「私達は何も感じませんが」
「そうなんですね」
「私だけか、感じたのは」
 島崎は周りの返答を聞いて言った。
「だがそれでもだ」
「涼しいですか」
「そう感じられたんですね」
「そうか、私も徳を積んでいたんだな」
 話はそこに戻った、徳と罪も。
「罪以上に、よかった」
「そうですね、よかったですね」
「先生も徳を積まれていたんですよ」
「罪以上に」
「そうなんですね」
「そういうことか。それではだ」
 ここまで聞いてだ、島崎はまた言った。
「このまま寝よう」
「眠られますか」
「そうされますか」
「そうする、満足だ」
 こう言ってそしてだった、島崎はその顔を天井の方に戻して。
 ゆっくりと目を閉じて最後の眠りに入った、その顔は満ち足りた微笑みだった。 
 島崎藤村はその生涯で様々なことがあった、その中にはこの世の倫理に触れたこともあった。
 だが最期は涼しさを感じて死ねたらしい、夏の暑い中でそれを感じて眠れたことは最高の幸せではないだろうか、島崎藤村という作家の名前は今も残っておりその作品も読まれているがこの話もまた今も残っている。このことをここに書き残しておく。


涼しい風   完


                    2013・4・21
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