第二章:空に手を伸ばすこと その五
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之助。あなたは意外と容赦がないのね。彼女だって落ち着いていれば、仮に落ち着いていればの話だけどっ、いたいけな一人の女性。それに向かって、いきなり飛び膝蹴りってどういう了見なの?女性の尊厳を何だと思っているのかしら?」
「あいつに対しては別です。ほら、長年連れ添った相方に対する、不器用な愛情表現みたいなもんですから」
「今、凄く違和感のある単語を聞いた気がするけど・・・まぁいいわ。今回はあなたが立派に仲裁をしたという点に重きを置きましょう。これに拘っていても、これから控えている事はもっと大事なものだから」
「これから、ですか」
ちらりと仁ノ助を見遣って、曹操は城下を見渡す。長きにわたる籠城と黄巾賊の襲撃により、街は外縁部に向かうにつれて暗澹とした色を纏っているように思えた。城壁にたなびく牙門旗とは対照的な表情である。よく見ればその城壁においても、幾つかの箇所では攻城によって傷つけられた跡が散見している。これらを立て直すのにはかなりの労力が割かれるであろう。
そう、その労力こそが、曹操が今一番重要視している事であった。
「戦後処理よ。長社に元の平和を取り戻す。戦いは準備や実行も大切だけど、後片付けも大事なのよ」
「そう、ですね。俺には政治の知識なんてありませんけど、でも事の後始末が大事というのはとてもよく理解出来ます」
彼女の迷い無き言葉に、仁ノ助も心からの同意を表す。彼には後始末を怠ったために盗賊の残党らに追い回された苦い記憶があったのだ。錘琳と会う数か月も前の出来事であったが、しかしそれの御蔭で三日三晩の逃避行を余儀なくされてしまった。ていていのの身体で何とか魔の手から逃れた仁ノ助はその時に思い知ったのだ。『準備や実行がいかに手際よくても、詰めを誤ったら終わり』であると。
戦争における詰めとはまさに戦火からの復興である。敵に勝利する事は戦術が求める事であって、戦略が求めるのはそれ以上のものだ。せっかく奪われたものを取り返しても、それが正常に機能するためには更に時間を要する。面倒だからと手を抜けば敵対勢力に侮られ、また組織内の反対派にも後ろから刺される恐れがあった。指導者たるものは最後の最後まで油断をせず、俯瞰的に情勢を見守る。仁ノ助にはできない事だが、上に立つ者達になら当然の如くできる事であった。それは年端のいかぬ少女であっても、十分に可能なものであった。
暫しの沈黙が二人の間に流れた。かんかんと金槌を打つ音が城下に響き、人々の声も聞こえ始めてきた。朝日に照らされる長社の街並みを見て、ノスタルジックな思いとなったのか、曹操は静かに訊いた。
「仁ノ助。戦いの炎がどうしてあんなに明るく、妖しいものなのか。あなたは気になった事はある?」
「・・・今はそうではありませんが、剣を持った時に一度だけあります」
「・・・
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