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『ピース』
『ピース』
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を木ベラか何かで掻き回しているような感触だった。
「ヘリコプターの羽、スーパーのひき肉機、ポルノ女優のあえぎ声。そんなもんを全部味方に着けているよ」
「何が? 勉強?」
「うん」
「俺もカス溜まってるぜ」
「そいつはパイプオルガンみたいな音を鳴らす奴のことだな」
「うん」
 そんなやり取りが、僕らの中をやわらかくしている。僕の昼メシ、自分で握ったおにぎり二つ。中身はタラコ。以前、父さんがイクラのおにぎりを持たせてくれたが、それを食べるときにイクラが飛び散り、唇からはみだし、流れ出るのを見て、戸下さんが笑った。笑い上戸だな。それ以来、自分で握っている。紅茶のペットボトルを傾ける。鼻を突く香りを感じながら、この紅茶はホント香水みたいな香りがするね。そう思う。僕の目からはよく分らなかったが、町君は甘いデニッシュみたいなパンをかじっている。
「そのパン美味い?」
「避難場所みたいに美味いよ」
 外は霧雨が日差しの中で乾いている。笑いながら校舎に入ってゆくハイティーン。体が若いと、その体温は日差しのように雨を乾かす。僕は雨について考えている。降っている。確かに雨がね。僕の体温で蒸発しないだろうか?

 午後の授業はまどろむような空気。誰も怒らず、誰も泣かず、坂を下るようにダルダルと進む。夕陽を眺めながら、その意味も知らない阿呆の、境目のない明日への達観がここにあるようです。
「意思のない未来に咲く花を思い描いて」だな。
耳に届く音は風に揺れる木々の葉音のよう。あまりの平和に生きていることを忘れそうになる。自分と世界の境目が曖昧になり、僕を僕たらしめている物事は海綿の中に吸い込まれてゆく。すべての海綿は幸せそうに膨らんでいる。ある種の諦観はこんなときに降ってくる。
「本当の安寧というのは、満足によりもたらされるものではない。たいていの満足とは、醜さをはらんでいるからである」
 思いついたは良いが、その本意は自分でさえ分らなかった。そこでもう一つ。
「世の中の間違いの、ある一部が正されるか否かは、胃薬を飲む人々の事を上手く理解できるかにかかっている」
 来た来た。これは今晩、町君に電話しよう。僕はこの手のインスピレーションをとても楽しんでいる。他人に言ってもそれほど喜ばれる事は無いけど、これがあるだけで、何故か自分を許せるようになれる。誰かより優れていると思うこともある。メインストリートを外れた、宗教家のようなインテリ崩れとも思う。仮に、僕の格言らしきものが世の中のツボを突くものであったとしても、それは若造の乗る不似合いな高級セダンみたいに鼻を突くだろうな。町君はいつもこの手の格言らしきものを喜んで聞いてくれる。友達だ。
 授業というものが進んでゆく。それは、京都の寺社仏閣のように尊いものとして守られている。「このルールを守っていれば
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