暁 〜小説投稿サイト〜
『ピース』
『ピース』
[7/27]

[1] [9] 最後 最初
で強さを誇示していたんだ。あるとき彼が僕に「お前、女好きなら俺と勝負しろよ」ドスのきいた声でそう言ったのである。僕ときたら「それは無いっスよ」と、ぎこちなく顔を崩して笑った。番長は生えたての薄いあごひげを指でなでて、僕を見おろしていた。
この高校の教師は何故か、彼と同じ雰囲気を持っていたんだ。「私の方は負ける気がいたしませんよ」そんな空気。高みを目指す生徒たちは何とかその教師に喰らいつく。もちろん彼らは予備校や塾の復習として授業を受けているのだけれど、教室でも、ちゃんとファイティングポーズをとるのである。僕ときたら、クラスの生徒にまで心の内で「だるく笑っている」様なものだ。
僕にとっての進学校の授業はそのようなものだから、僕は小さくなっていった。中学の時点で、お前は運動能力に劣る、と体育教師に叩き込まれたから高校の運動部には入らなかった。文化部は独特の雰囲気で他者を拒んでいたから、僕の友人は少ない。その少ない友人の一人、町君が古文を朗読している。彼はぎこちなく、麗しいはずの言の葉を発音している。彼は吃音である。
「どもりというのはですね」教師は言った。「本当のことを話そうと苦心しているのです。おかしくはないですよ。嘘を立て板に水のようにつらつらと、というのはですね、よくないですね。ありがとう」教室には嘲笑が起こっていたのだ。町君の頬が赤い。
僕の頭はじわじわと熱い。栄養ドリンクを、ふざけて飲みすぎたときに似ている。むかつく胸を深呼吸でなだめようとして、何度もため息が出た。五十分の戦い。どんなに学問の道筋を理解しようとしても、それは冬の吹雪の白い世界にぼんやりと浮かぶ枯れた木立。その姿は、白い、密度の濃い、無意味な回り道の言葉たちの向こう側に隠れている。過去の偉人たちが残した、人間の神経のように隅々まで張り巡らされた、世界を知るための道は、僕にとってふざけているのかと思われるほどの、おびただしい数のパズルみたいな混沌に見える。
以前、町君を『白痴だ』と笑った女子がいる。僕の読字障害は、町君に隠れるように彼女の目から姿を消している。その女は戸下という名前だ。彼女はその名前の通り『棘』のある女に育ったのだろう。それを誰かの心に差し込もうと標的を見つける。その視線はボクサーのように急所を狙う人殺しのもの。弱さを見つけるとよろこび勇んで『棘』を差し込む。その標的が町君、僕の友達。

 昼休み、町君から着信があった。
「ケツ穴からもれいずる悪魔の吐息よ」そう話し始めた町君は、前庭の花壇の端っこに座って、昼食を買いに行く生徒たちを眺めている。僕は校舎の二階からその姿を眺めていた。
「鬼畜の宴は恐ろしく寒いよ」僕はそう返した。「体中の穴からいけない物を分泌しちまった」
「腋汗った?」
「滝のようだ」
校門の向こうまで、イジメられっ子の『彼』が走ってゆ
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ