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『ピース』
『ピース』
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沢山の人間が一つの場所に集まることで、縄張りが侵されている。何の関係もないと思われる人々が、体が触れ合うほど箱に詰め込まれる。ポーカーフェイスで乗り切る人々。その労力でどれほど疲弊しているの。僕の隣に野球部員らしい坊主頭のイカツい男子が座った。その男子が座るまで、僕の隣は空いていた。どんなに混んでいても僕の隣に座る女性はいない。胸をえぐる雨。しかし、綺麗な女性が座ったところで、僕の唾液腺が活発に働いて気味悪がられるのがオチなのだけけれど。そして、隣に座った男子の腕の太さに気分が萎える。それもまた雨。
 雨の中で僕は夢想にふけった。バッティングセンターの球速計で140`をたたき出す僕は、三十路も終わらんとする男。高校時代の友達と共に若さの残り香を楽しみながら肉体を誇示し合っている。それを見止めたのは地元球団のスカウトである。
「君、野球やってたの?」「年いくつ?」
 僕は野球は素人だし、もう三十も後半。外れそうになっている利き腕の肩をぼんやり意識して答える。
「子供は?」「いない?」「予定は?」「甥とかいない?」
 しびれている指先を脇の下に隠して腕を組み、スカウトマンの顔を見れば、深い隈が刻まれている。宿命。愛を求める宿命。
僕の中に誰かを満たす潤いなどあるだろうか? 僕の心の深い森の中、宝の輝きを放っている『それ』は、僕自身が輝くことをもう諦めたことで、より深みのある魂を求めて次の世代を探しにゆく。その確かに心を揺さぶる魂は天からの雨を受け、樹木のように枝葉を広げ、世界に新鮮な空気を送り届ける。『潤い』何故か遠い。
僕は昔のことを思い出す。父さん、母さん。何故僕の才能を伸ばそうとしなかったの。今の僕なら子供の才能を伸ばすことがどれほど大事か知っているのだけど。
 そんな想いをめぐらしているうちにバスは地下鉄の駅に着いた。ここ数年にしては珍しく霧雨である。

 お互いのいかついところを擦りあわせながら、削れて磨き込まれた丸っこい人々の魂の集まりが、皮下に差し込まれる注射針のようなチューブで街の地下にもぐりこみ、世の中の薬として運ばれてゆく。悲しいことではないんだ。全然悲しいことではないんだ。それは膿んだ患部を道ずれに、夕刻には這いずり回ることになろうとも、その朝すれ違った好みの異性に一輪の花をささげるような、健気な人間の営みであるから。いっそのこと揺さぶられて忘れてしまいたい事も、そこにある、色とりどりの魂の、それぞれの正当性を認めながら混沌の中に身を浸せば、小さき迷いに見えてくるかも。

「飛ぶべき鳥が飛べないとなると、その鳥は輝くだろうか? 鳥が飛ぶのは、人間が歩くことのように容易いか? いや、鳥が空を舞うということは、人間がバイオリンを巧みに操り、その音色聴く者の心、異次元にいざなうような超人技と等価なり」
そんな金言を思いつ
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