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『ピース』
『ピース』
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む寂しい商店の灯り。闇に目を向けると、中学時代の『セックス番長』の姿が浮かんでいた。その威圧感は少しずつ薄れつつある。いつの日か見た、剥けすぎたペニスへの驚嘆のように。
僕は見たこともない、手触りもない自尊心を蓄えている。何がそうしたかはわからない。
 僕は『闇』と思った。

 翌日の午前の教室。僕は一人で数学の追試を終えていた。季節の変わり目を告げる、日差しの元気。窓から見えるグラウンドに球児達が網を張る。登校時に見たのは、私立校のバス。練習試合らしいな。人のいない教室をぼんやり眺める。この静けさは、なんだか卒業生になっちまったみたい。
「帰るときは窓を閉めていってください」そう先生が言う。
 柔らかい心にグラウンドからの掛け声が響く。彼らは生きている。血の通った声は僕の心の琴線に少し触れる。白球が遠くに飛んでゆき、綺麗に捕球される。その姿は僕に問いかける。あの日打球が僕のグローブからこぼれた事。何故それが出来ないのですか? 僕は球が飛んでくると意識が揺れる。もともと乱視ということもあるけど、あのとき世界が醜く、けばけばしく見えた。何度もフラッシュをたかれたときのような緊張と興奮。心の弱い人だと思われていた。僕の心が水なら、彼らの心は蜂蜜だな。彼らは多少のことでは波を立てたりしない。
 高校受験の後、長い春休みに、僕は本を読んだ。高校が進学校だから、僕の友達は少し距離を置いていた。もしくは彼らは僕を軽んじていたのかもしれない。一人で過ごす休みに、父さんの本棚からいくつかを選んで読んでいた。『かえる君 東京を救う』僕はその中の主人公に自分を重ねた。うだつのあがらない男が、深い闇の中でかえる君とともに、怒りを蓄えたみみず君と戦い、東京を大地震から救うという短編だった。僕には主人公のような心の力があると信じていた。何か大きな闇と戦う力だ。しかし、僕は今みみず君のように怒りを蓄えて、それをいかばかりかのプライドとして生きているんじゃないかと思えている。怒りは鈍いところには現れない。繊細な心の中にゆっくりと蓄えられ、何がしかの啓示を与えるのではないか。僕は昨日観た映画の監督に想いを馳せる。あなたは大いなる怒りを持ってはいませんか? 現実、リアリティーといった味気ない世界に怒りを覚えて、おいしい物語を立ち上げているのではないですか?
「ここのところ、リアルじゃないですよ」と、助監督が言う。
「リアルなんて要らん。俺たちはリアルの向こう側に行こうとしているんだよ」監督は現実に怒る。僕は不意に思う『可能性は怒りなのではないか』
 ひときわ大きな歓声が上がった。
「ナイスプレー!」
 僕は見ていたはずの景色を思い出す。注文どおりのダブルプレー。6・4・3のダブルプレー。歯車がピタリと噛み合ったダブルプレー。僕はちょっと嫉妬する。心が蜂蜜のようにトロト
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