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『ピース』
『ピース』
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をはいでその姿を見る。天井の白い蛍光灯を消し、オレンジのスタンドをつけて、体に陰影をつける。その光の中で少しだけ太陽の下にさらされる厳しさから逃れる。僕は少し味付けをしないと、ちょっと醜い。
ある喫茶店のトイレの照明は秀逸だった。手洗いの鏡を見ると、間接照明に照らされた僕の顔から疲れた影が消えて見えた。世の中すべてが間接照明ならいいね。

 父さんが食事を促した。定時の六時である。定時に食事を取らないといけなくなったのは、母さんが居なくなってからである。母さんは仕事が遅くまでかかることが多く、みんな食事の時間がばらばらだった。まだ母さんが居た頃は、父さんの仕事の件もあってそれぞれに、お互いをけん制するような心持があったと思う。
恐らく三人ともそのトゲトゲを意識して磁石の同じ極のように一定の間隔を持って動き、会話した。それは、クラスのイジメられっ子に対する態度に似ていた。
 それが、父さんと二人暮らしになってから、父さんが持ち直したのである。父さんの作る夕食には力があり、恐らくはプライドが混じっていた。僕はそれを、口に運んだときに感じたのではなく、テーブルの向こうで何も話さず、黙して食事を平らげる、その父さんの姿に感じたのである。僕はそれに応じるように、また何かをはね退けるように夕食をかきこむ。そして僕は夕食に関して父さんに従うようになった。「読字障害」の事は話さなかった。それは僕の問題だ。

 翌朝、蝦夷梅雨の中を走るバス。緑のワインディングロードを抜けて、郊外を走り、地下鉄に連絡する。僕の使う停留所が始発のバス。雨のバスにそれぞれの湿気を持ち込みながら、人が乗り込む。僕はバスの最後部に乗り、前の席に座る人々、乗降口、窓の外のすれ違う車、車内のミラーをチラチラと見ている。
美しい人が乗り込む。目線は胸のふくらみに導かれて、足首に落とされ、窓外の風景へと移る。僕は昨晩三度マスをかいた。忘れなければならない。昨晩、人気のミュージシャンが東北の被災地に復興ライブに行くと、ニュースが流れていた。彼らもエロい女にケツ穴に指を入れられ、前立腺マッサージをしてもらったことを忘れるのだろう。
 昔の北海道の初夏は本当に気持ちが良かったのにねぇ。そういう人が多い。僕の記憶の中に初夏の気持ちがなんたらというものはない。本当に昔は気持ちが良かったのだろうか? 僕ときたらため息の出るような雨の日でも傘がさせるから、すれ違う人達と目線を合わせなくて済むから都合が良い。そんな気持ちがある。傘の下で孤独になれるから好きなひと時である。
今日が人々の好む爽やかな晴天だったら、僕の気持ちは劣等感で満たされる。卑屈なのだろうか? 太陽が僕の醜さを、ちょっとした後ろめたさを照らすのである。
「太陽」それは誰かの笑い声の喩えかもしれない。そしてそれは同時に「雨」である。
 
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