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『ピース』
『ピース』
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、僕の心の入れ物、どこかに穴、開いていませんか。クラスの中ではじけた笑い声を出す人々。内から湧き出すエナジー。膨らむところは膨らんで幸せそう。漏れることのないそれは彼らを健康的に見せている。内側にあるそれが正しいか否かは問う者がいない。

 バス停からの帰り道に、カラスの鳴き声が心を癒してくれる。その鳥は現実をたっぷりと体に染み込ませて黒く光り、美しさと醜さを同時にまとう。数年前まで下水道が無かった僕の家は、かつて父さんの稼ぎが悪かったことの証。今は母さんのお金で新しい家に変わっている。その家に母さんが居ない事に何も感じない僕。もらったものはもらいっぱなし。だらしないのか不感症なのか。
 夕食の後、僕は食器を洗っている。その洗っているガラスのコップが手より滑り落ちる時に、髄を走る悪い電気よ。幸せが手をすり抜けていく時もこんな感じがすればすぐに取り戻せるのに。そう思う心の手触りに、少し『敏感』な心のひだを確認する。まだ若い僕の体。不幸はこびりつくことなく、何処からか光が差している。
このコップ、フランス製なんだよね。
ブランド物でないそれは厚い造りで、口当たりが良いとはいえない。僕は自分の少し輪郭の淡い唇を想う。誰も特別な思いを寄せないこの唇。フランス製の名前のないグラス。
名前を呼ぶときの緊張感。ただそれだけなのに薄い膜を破って向こう側に取り込まれるような感触。すべてを曖昧な言葉で済ませたい。名前に込められた魂、名前に刻まれた心の記憶。それを声にするたび跳ね返ってくる自責。これといった答えが心の奥に在るのなら、何も臆することもなく、名前のある向こう側に行けるだろうな。物事の力というのは、その確かさにある。僕のコンプレックスはその確かな答えにたどり着けないことに始まることを知る。もしかしたら、誰もそんな確信に満ちた答えなど持ち合わせていないのかもしれない。しかし名前ある人々は僕の心を吸い取るように世界に在る。誰も知らない心を持って、密やかなプライドを持って。
町君のことを気にかける女の子。僕は彼女の名前を呼んだことがない。名前を呼んでしまえば、この醜い心が彼女に届いてしまいそうです。僕の劣等感。名前のない唇。僕に一番近いオッパイ。
 夜が深くならなくなったのはいつからだろうか。日が沈んで闇が訪れれば、自然と心が澄んで、見えないながら未来を信じる力が感じられた。ベッドに体を横たえると、体の芯が自分以上に重い。それが疲れというのなら疲れているのかもしれない。僕は地球に吸い寄せられている。体の内側から重みがすり抜けて、地球の真ん中まで行ってしまえばいいのに。こんな疲れを押し付けられたら地球も怒るんじゃないか。でも、それほど忌み嫌う疲れには感じなかった。疲れの周りに柔らかな優しさがあったから。明日の朝はコーヒーを淹れよう。舌の肥えないうちは湯のように思
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