暁 〜小説投稿サイト〜
『ピース』
『ピース』
[17/27]

[1] [9] 最後 最初
ありますか。僕にはその心、一つ一つが気になってしょうがない。大きな現実に飲み込まれる瑣末な感情のゆれ、どうしても気になって。僕の中にすべてあるのです。その小さな心の罪。震災みたいに大きな流れの中にあれば消えてしまうような心の小波。身近でむさぼられる柔らかいステーキには知らん振りしできる心。
 僕の好きなアーティストは震災で体調を悪くしたらしい。あなたはつながっていたんですね。さすがです。

 大通りのレンタルビデオ店。
 父さんが「カイル・マクラクランと赤井英和」と注文を出した。この前は「スコセッシ」だった。父さん、僕の障害知らないよな。タイトル文字が並ぶこの場所に、また冷や汗を流す。
 父さんが毎週、借りて来いというものを僕も観ている。父さんは東京で暮らしていた時代に映画を見倒していた。全国ロードショーにならない単館上映の映画。
「映画の本質を知るには、金のかかってない映画を観ることだ。金があると人間必要以上に大きくなるから」父さんが言ってた。でも、カイル・マクラクランはメジャーだろと思う。
 中学生の時、男2・女2で映画を観に行ったことがあった。僕の友達が女子の誘いを受けた。その女子は僕の事が気になっていたらしくて、遠まわりして僕の友達を誘った。正直、恋なんて感じじゃなかったから、ぼやけた頭で映画を観ていた。この女子の何を好きになればいいんだ。そんな失敬な言葉を浮かべながら、逃げ出したい思いと、男らしくあるべきだとの思いが交錯してストーリーどころじゃなかった。
 映画を観終わった後のことをよく覚えている。映画に関する感想を言い合って、共有する喜びで笑っていた時。心ここにあらずの僕に「感性ないでしょ」と言ったんだ。その女子は少し怒っていた。実は僕は二人のうちどちらが僕に気があったのかは知らなかった。だから、その怒りみたいなものがどんな心持から生まれたのかはわからなかった。それでも僕のプライドが痛く傷ついたことを今でも覚えている。好きでもない女の子にでも「鈍い」といわれれば繊細な心が傷つく。なんだか複雑な心の絡み方。
 父さんの映画好きは僕にとってありがたかった。映画を観れば何かを感じ、何かを感じれば僕はここにある。学校で消え去りそうな存在感が少し輪郭を取り戻す。僕が感じていること、誰も知らないよな。

 湿った風は、夏のクーラーより冷ややかに、体と制服の隙間から皮膚をなでる。目が充血している。この体調だと肌は青白いだろう。手の甲を見るとクモの巣のような紋様が浮き出ている。こめかみに残るアダルトビデオのパッケージの女。体の一部を除いてすべてが萎えている。太陽が照る季節は近くまで来てはいるが、経験的に、その光が心の奥、一番大事なところまで暖めてはくれないことを知っている。胸の奥に心がある。それが体の隅々までいきわたるなら、納得しよう。でも
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ