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『ステーキ』
さよなら
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「そりゃ、人間、ギリになったら金もって逃げるさ。ぜんぜん恨んでやしないよ」と鎌口は言う。「その代わりにコネクション置いて行ったんだから」
 豊平川の河川敷は初夏の日差しと、冷ややかな風。バイト仲間のおっちゃんが言ってた。「一年中暑い国に生まれたら、勉強なんて出来やしねぇ。脳みそがとろけるぐらい暑いんだもんな」なかなか思慮が浅い。リン君は思う。それでも、この初夏の陽気は、冬に固められた意識を溶かしていた。河川敷を走る自転車のおじさんを、寛容に眺めることができる。
「俺がさ、増藻さんについて行ったのはさ、あの人怖いだろ? 怖い人はさ、病気を吹き飛ばしてくれるのよ。増藻さん、いなくなってから、広い意味の愛はなくなったな。ぼやっと世の中をとらまえて許す感じ。それ、なくなった。自分を出していこうと思った」
「光が屈折したんですよ」と、リン君は言った。
「家の所有って、持ち主が死んだら、誰の物になるんだ?」
「順々に、親類をあたっていくんじゃないですか?」
「親類って、一等親、二等親のあれか?」
「ええ、順々に……。でも、田舎に行ったら、誰も住んでない家がありますよね。誰の物なんですかね」
「親類って、あのポスターの叔父さんか?」
「あの、ポスターの叔父さんって……」
「増藻さんの叔父さんよ。政治家よ」
 リン君は曖昧に返事をした。その叔父さん、外国で甥が死んだ事、その人が麻薬売買、人身売買をしていた事、知ってた? リン君は、この人達の連なりを考えると意識がぼやっとした。その、あやふやな部分に触っている自分、居心地が悪い。すべてが分って、すっきり自分とこの人達との境目を区切れるなら良いけど。リン君は、持ち主の居なくなった部屋の片付けに少し興味を持っただけだった。そこには、増藻さんの女という障害があったけれど。鎌口は、それを数ヶ月かけて口説いたと言う。
「不動産の所有が誰のものかなんて、考えてなかった。あそこはもう、なんだか誰でも入れる公園みたいにさ。もう、誰の物でもなくて、みんなの物みたいに感じるんだな」そう言って、鎌口は笑っている。「その物が、誰の物でもない、と思えたときの開放感。たまらん。たまらんべや」
 リン君は河川敷に舞う蝶を見ていた。鎌口もそれを見ていた。
「なんちゅう蝶よ?」と、鎌口が言った。リン君が大学生だと聞いていたから、それ位のことは分るのじゃないかと、少し陰険を乗せて。
「シジミ蝶ですよ」と、リン君は答えた。もしかするとただのモンシロ蝶かもしれないけれど、その冴えない姿に、そんなことどうでも良かった。「アゲハ蝶じゃないっすよ」
「アゲハ! アゲハはカッコいいべや。アゲハは人間で言ったら芸能人だべや。シジミって、あの食べる貝のシジミか。ちっちゃき者に愛の手を」鎌口はニコニコしている。
「なぁ、世の中で醜い生き物を研究す
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