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『ステーキ』
さよなら
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いかな」
 鎌口の頭は空っぽになった。リン君は、ギュっと噛みしめて頭を空っぽにした。眼前にそびえる藻岩山の樹木の陰影。富士山に似合いそうな、あの北斎の白波のよう。

 マンションの前には軽トラックが止めてあった。その前でデカい男がタバコを吸っていた。
「急げよ、モノが腐っちまうからよ」そう言って笑っている。鎌口さんをぶっ飛ばした、このデカ。そういう、しがらみがありながら、この軽さ。男ならではだね。リン君は軽く挨拶をした。
「ミナミさん。開けてください」
 デカは、インターホンのカメラを見つめている。出てきた女の人。リン君は初対面だから、黙っている。すうぅっと首を絞められる感覚があった。それを取り除く為に何か言葉をかけなければいけないのかを思案したけれど、止めておいた。地下鉄で、体臭のキツイ人をやり過ごす、みたいなもんだ。
「何か焦げ臭くないか?」鎌口が言った。キッチンのシンクに燃え残った写真があった。デカは人差し指を、結んだ唇に付けた。
「この木! 見たことあるんですよ!」リン君は言う。「ナラワラ・トドワラって所にあるやつですよ。海水の塩で立ち枯れたやつですよ。カッコいいなぁ」リン君はそのコート掛けが欲しいと言った。
「ミナミさん。これ使ってますか? いらない? コートに傷がつくから? じゃ、いいですね」
 ミナミさんという女の人は、ソファに座ってタバコを吹かしている。その表情から、何を考えているのかは、分らなかった。だいいち、自分を飼っていた男が、突然いなくなり、南国で死に、その男の仲間が部屋を漁っている時の気持ちが表情に表われる訳がない。
 見知らぬ部屋が、五分いたら自分達の物になった。それを押し返される前にここを出たい。
「リン君。服、持って行っていいよ。ビンテージなんて無いみたいだから」デカが言った。
 リン君はクローゼットを眺めている。
「ジャケットいいですか?」
「どれでもいいよ」
 リン君はこれから二十歳になって、少し洒落た場に足を運びたいから、セミフォーマルなジャケットを探している。
「なんか、包む布ないかい?」鎌口が言った。
「これでいいかい?」と、デカが靴下を持ってきた。
 三段のチェストには、すべての引き出しに時計が並べてあった。その数六十程。これが目当てなんだね。
「一個か、二個。あげるよ」鎌口が言う。リン君は青い文字盤の時計に指を伸ばした。
「それはダメ! めちゃくちゃ高い。若いやつがそんなのしてたら殺されるぜ。その端っこの黒いやつにしとけ」
 リン君が手に取った時計には『ハミルトン』と名前が入っていた。
「もう一個やるわ」渡された時計は『タグホイヤー』だった。時計は知らないけれど、これ、高くないですか?
 袋詰めを終えた鎌口が、リビングのテーブルをなでている。
「木の温もりはいいね
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