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『ステーキ』
サツキの話
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水を管に通して、簡易の床暖房を作る。
「ベッドどうした? 倉庫の中で錆びてやしなかったかい?」と、鎌口が言った。「リン君、デジカメ買ってきて。最新のやつ。コンパクトじゃないよ。一眼だよ。なに? ハメ撮りだよ」鎌口は笑っている。「ペルシャどうした? でかい絨毯」
 作業員の中に面白い新入りがいた。
「お前、何よ?」
「映画つくりたいっス」
「映画監督になるの?」
「恋に落ちたいっス」
「女優とハメるの?」
「それ、男の夢じゃないですか。物語を作るのは神様ですよ。そこで踊るのは天使ですよ。もう、神話じゃないですか」
 鎌口はそれ以上話を聞かなかった。多分こいつは馬鹿なのだろう。顔を見ただけで器量の歪みがわかる。
「ミラーボール。あれ、今回、下に付けてね。床に置いた状態で回すんだよ」
 鎌口は考えていた。この選挙ポスターは剥がすべきなのかな。いや、そんな事を考えた訳じゃない。何番目に抱かせてもらえるのだろうと、考えていたんだ。次第に部屋が暖まってきた。意識が緩んでくるのを感じている。
 内装工事のオヤジが、新入りに説明している。
「指が鳴ったら、一つボタンを押して。また鳴ったら、もう一つボタンを押して。左から順番に押すんだよ」新入りの目が輝いている。

 増藻は、スリムなレザーブーツをなでるように頬を触り、手入れの行き届いた苔みたいな顎ひげを楽しんで、ホイップクリームをケーキの上に立てるように鼻を触った。日が暮れてなかなかいい時間が経った。夜が深くなるに連れて、心の『まろやか』が深まる。それは多分、夜になると、馬鹿な人間と賢い人間がきっぱりと別れるからだろう。舎弟から良い電話があったから、股間が少し熱くなった。しばらくすれば、温泉のように吹け上がるだろう。
 事務所には次々と男衆が集まってくる。気狂いのような笑い声が響いている。男達が裸を見せあいながら、シャワーを浴びている。リン君は増藻に、デジカメの操作を説明している。
「ドラマティック・モードってなんだ?」と訊かれたから、「知りません」と答えた。
「ホワイトバランス選んで」と頼まれたから、「色味はオレンジがかっている方が温かみは出ますよ」と答えた。
「肌の色はそのままがいい」と言われたから、「ホワイトバランスを白熱球に設定した」
 リン君は事務所の奥の部屋で男達の列の最後尾に並んだ。一番目が身体のデカイ男で、二番目が鎌口さんだった。列の中には、内装業者のオヤジもいた。

 若い男がサツキの耳元でささやいている。
「この街で一番ロマンティックな人だから。俺はシャワーを浴びてくるよ。必ず戻ってくるから」

 世の中の深さを知るには〜
 人間の欲の深さを知ることだよ〜
 この世のすべては〜
 人間の欲から生まれて〜
 常識として積み重なったものだからね〜
 
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