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『ステーキ』
サツキの話
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た。彼氏が事務所のビルの下で待ってたもんね。彼氏としたらほっておけない職業だし。
「カメラの向こうを気にしないで演技したら、カントクに、目が死んでるとか言われて。いくらか死ななきゃカメラの前でなんて笑えないから、って思った」
 確かにカスミちゃんの笑顔は硬い。笑ったとき口角が下がってあまり美しくない。それにしてもカントク、私に笑った演技あてたことないよね。何で? 結構いけるのに。
私たちの撮影は今日で終わり。終わった瞬間から愚痴が出るのは、必須。サツキは思う。私、いつ境界線を越えたんだっけ? 
「芸術の境界線って自分が妥協したらすごく身近になっちゃうよね」サツキは言う。
「カントクはまだ諦めてないんじゃない?」
 すべての境目を越えるにはアドレナリンが必要。その後に沈滞があり、自然にその世界に慣れて、明確に歩を進めることができる。その世界は、境目を越える前の輝きを失っているけれども、自分自身がその輝きの一部になっていることを思えば、それほど悪くはない。夢の輝きは、すべからくリアルな充足にとって代わられる。自分の飛んだハードルの高さなんて、誰も分りやしない。飛んでいるときの興奮がいつまでも続いたら、キチガイになっちゃうから。カスミの話を聞き流しながら、サツキはそんな事を考えていた。
「申し訳ございません。店内でのケータイは……」
「またね」と言って、サツキは電話を切った。
 成長するにつれて、自然に越えたハードル。一度目のかたい手料理。二度目のやわらかい愛のある手料理。興奮の後にある凪。
 目の前を通り過ぎた女性のふくらはぎの筋肉がキレている。成長で越える? 成長ホルモンと雑然とした心の問題の関係? 分水嶺を越えて、別の生き物に変わる? 今、腕を組んでいるとき、胸はどんな谷間を作っているのか。ふと、思い、ふっと忘れる。

 ある大御所俳優のドキュメンタリーを見ている。歳相応の味のある映画の現場らしい。エンターテイメントには郷愁も必要だけど、まだ分らなくてもいいわよね。空を突き抜けるような慟哭の演技。してみたい。自分の中身、全部出したい。現場のカメラの邪魔にならないところにテレビのカメラがある。リハーサルの演技、胸の奥にジンと来る切なさを感じた。涙の気配。その後、本番でその俳優さん本当に泣いちゃった。サツキの涙はひいてしまった。
「分ってないなぁ……」とサツキはつぶやいた。
 心を殺して相手に伝えるという極意。愛は我慢している時に生まれるのよ。愛が純な分だけ、自分の拙いところが心を締め付けて、その自分を縛り付ける圧力から解き放たれるには、キレイな愛を相手に伝えて、呼応した相手と一緒に一段上のステージに上がるんだから。独りよがりで泣いちゃダメ。泣いたらずっと、今の場所から出られないんだから。自分のコンプレックスを取り払わなきゃ、キレイな
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