暁 〜小説投稿サイト〜
『ステーキ』
サツキの話
[11/12]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
幸は、心を落ち着かせる」と、会計の男は思った。窓の外には、神話の中の戦士や幻獣が雲の中で生き、その下の環礁が、南国のカニのように美しかった。
 ホテルの前に男が待っていた。
「この人は日系人。どこに金を通せば安全か、よく理解している」と、会計の男は言った。その日系人は欲のない顔をしていた。まるで、欲の一かけらでも顔に出そうものなら殺されかねない、と言った風。
「オニイサン、オンナ、スキ? オンナ、スキソウ。チイサナ島の、高級オンナ、イル?」
増藻さんが急に私と別のホテルに泊まりたいと言った。私は中くらいのホテルの前で降りて、彼を見送った。体調が悪いと、色々な事を考えるものだ。
 会計の男はホテルの部屋で考えていた。
「脱水症状で死ぬか……。時間がかかるな。病院に行かれたら、また長引く。この国は暑いから、早いだろうか。脱水症状はウイルスにかかりやすい? そんな知識は私にはないからな」
 会計の男は目を閉じて思う。札幌のマンションから持ち出された二億円が、とある価値のあるものに変わり、女の身体にまとわれて、海を越える風景。女、十数人。すべてあの日系人にあげよう。
増藻はタクシーの運転手に、「リーズナブル・ホテル」と言った。「チープ・ホテル?」と、運転手が訊き返した。「イェス・チープ・ホテル」と、増藻は答えた。タクシーはインディアン通りのホテルに止まった。
運転手が何かを言っている。何泊なのか訊いているようだ。「スリー。スリー・ナイト」と、増藻は答えた。運転手はホテルの受付に話をしてくれているようだ。
 部屋でパンツを捨てて、直にズボンを履いた。シンガポールならどこでも買い物できるから、何も着替えを持ってこなかった。不思議と、捨てたパンツに汚物感がない。
 下痢止め持ってくる余裕もなかった。東南アジアには必須うだろうに。いや待てよ。飛行機の中からおかしかった。という事は、この国に入る前、既に東南アジアの風が吹いていたんだな。電話でだって、相手の良し悪しが伝わるもんだ。だったら、時空を越える風だってあるはずだ。としたら、アレか? 昨日の夜、もう東南アジアの風が吹いていたのか? いや待て、昨日の夜があったから、俺は機上の人になったんだ。ああ、呼ばれたんだ、この国に。すべては未来からのメッセージだ。
 ホテルを出て歩くと、大きな通りに面した建物の一階が食堂になっている。
「なかなか、繊維質の少ないものが沢山じゃないか」増藻は「チキン・アンド・ビーフ」と注文した。皿に盛られたライスの上に、肉の佃煮みたいなものが乗せられている。増藻はそれをスプーンでまぜまぜしてほおばった。
「この辺の国ではまぜまぜしなくちゃね」
メシが食道を通り、胃を抜けて、小腸を急いでくぐり、大腸でこの水便と混ざるまで何分? 増藻は急に立ち上がり、悟った風になり、大きな通り
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ