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『ステーキ』
サツキの話
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 サツキは、その日、意図的に胸の開いたシャツを着て行った。
「これ見て、どう変わる?」
 目の前の男は、白目が澱んでいる。たぶん体中に悪い性欲が、毒みたいに回っているんだ。私も男を選ぶとき、自分が醜くならないような相手を選ぶ。醜くなる恋なんて嫌。でも、男は抑えきれないものをぶら下げているから、少々のことでも前進を止めないじゃない? 『女』賢い。私って悪いかしら。目の前の男は『聖性と性欲』の話をしている。
「悟りを開いて、女好きになるのは、突き抜けたからかな、それとも足元をすくわれたからかな」
 恋をしたときの衝撃と、その後の甘い夢が膨らんだままエッチをして、最後まで、それが崩れなかったら勝ち。いや、最初理性的で、その狭間、なりゆきでエロスを少しずつ感じて本気になり、深い世界に堕ちてゆくのもいい。そうすれば、私のエロスも永遠に理性で蓋をされ、余計な男も寄らなくなる。
「人間は、ある次元に入ると、自分が聖になったと狂喜して、足元をすくわれるんだ」
 硬いドリルで突き破られるようでありながら、終わった後、意識を守るように柔らかなヴェールが。それは幾層にも重なり、それぞれ違う味をしている。サツキは『破壊と創造』と思った。その行為一つ一つが宗教画のような輝きと聖性を含んでいる。誰かから「尻が軽い」と言われたら、「人間は大人になって、魅力があれば、自分の手を伸ばして、そうあるべき自分の世界を造らなきゃいけないのよ。魅力ってのはさ、見えない手をつなぎなさいって事なんだから」そう言ってやろうと思っている。
「人間ってある次元、周りより高い次元に入ったら、周りから欲を吸い上げちゃうんだよ。そしたら、その人間、理性があるように見える。欲に満ち満ちていて理性的。可笑しくない?」
「それ、なかなか、面白いです」と、サツキは答えた。目の前の男を切ったら、自分の魅力の何かが失われる? 切らずに前進すれば、新しい明日が? 未来を切り拓くぐらい、私の魅力は完璧? 
 サツキは男をエレベーターの前で見送った後、地下一階まで行ったことを確認して、同じ駅ビルの、別のカフェに向かった。
 少し離れた席に、チャラい男と、中年の女性。チャラい男はまだ深みにはまっていない初々しさ。中年の女性におべっかを使っている。ホスト? 挙動不審だから、駆け出し? うん、中年の女性はその初々しさに惹かれたか。でも、どうする? その男が、あなたから金をむしることで、世の中をなめたワルになっていったら。あなたの恋心で世の中が腐るのよ? 
 目の前にある椅子の背もたれが本革造り。サツキの意識に「本革はいい」と「本革がいいって、どこかで聞いたことがあるだけでしょ」が、同時に浮かぶ。「いい」という言葉と「いい」という感覚が分離している。
「おや?」サツキは紅茶に口をつけた。ゆっくりと味が意識に染み込んだ
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