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『ステーキ』
伝説のイトウ
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ろう? そこに現実を打ち破る力はあるのだろうか? それから何度か彼を試した。何度目かの勃起で彼はオナニーをした。受け入れ始めている。「後2分でイク」と、頭上から声がした。私は尿意を我慢していた。射精が早いより、出ない方が問題だ。射精できないという事は、届かないという事なのだ。勃起から、性感の盛り上がりを経て、射精に至るのは人間の行くべき道のりを表している様でもある。強い意志を持って、ゴールテープを切らねばならないのだ。
 雨が降ると先が見えなくなる。いくらコツコツ歩こうとも、行くさき遠のき、ゴールの魅力も失せて、歩く意思を奪い取られてしまう。その雨を彼の代わりに一時的に受けてあげること。それが仕事なのだが、頭上の人は「宝くじを買え」としか指示をしない。昔、女衒で稼いだ金は底をつきかけている。イトウがぼうっと排尿している間、神様の回路が、吉之の異性と交わるまでの最短経路を明るくした。
「一週間でゆく」と、頭上の人は言った。

 初体験までの一週間、イトウと吉之は密につながっていた。イトウの景色は色を失くし、周囲の人は楽しげ。落ち込むほどの感性も失せる。イトウは、吉之という人間がこんな世界で生きなければならなかったことに、ため息をもらす。
「なるほど、こんな雨が降っているのか」
 その色を失くした世界の中でも幸運だったのは、吉之という人間は、非常に自制心が強く、何か脅迫めいた衝動も無かったことだった。イトウの心は世界を低く飛んでいた。
「お前、別に普通に幸せじゃん」
 不意に思いついたフレーズ。よどんだ平凡。本人にしかわからない、手の届くはずのものに届かないもどかしさ。触覚がそれとして働かない。分厚い無感動に心は虚ろ。人々がそれを恐れる気持ちが、イトウにはよくわかる。心が鈍く風を感じなくなるのだ。そのよどみをはらってしまえば、大抵の人は前に進めるのだ。
「昔を思い出すのか?」と、頭上の人が問うた。
「今だって、昔の続きさ」と、イトウは答えた。
 私が女衒をやったのは、ただ一人の女だった。その女はたちまち売れっ娘になった。その評判は広まり、政財界の御用達になり、あまたの芸能人から愛された。彼女は仕事を辞めるまでの一年で、信じられないような大金を稼いだ。もちろん私に、そのキックバックがあった。その後、客の小ぎれいな一人と結婚した。女を売る前に確かに一度抱いた。彼女はひどく冷めていて、私はひどく爆発した。その後の客も、同じようなものかと思ったが、そのような評判は聞かなかった。とてもリアルな女だという評価だった。
 その女を通じて表社会と密につながった裏社会の住人の、私に対する優しい笑顔。女たらしの仲間から「やりやがったな」と、柔らかくねたまれた。彼らは強かった。彼らは雨に慣れていた。臓物を熱くする雨にも、ちぢみ上がりそうな雨にも、病んだ表情をも
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