伝説のイトウ
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と灰汁が出る。後ろを振り返って容姿を見ると、成長するに従って、それを得たように思う。
卓をはさんで細い身体に金髪の坊主と大きな男が座る。事務所の奥の部屋で待機していた男達。命令されるままにイトウについて来た。彼らは目ざとく、「女発見」とメールを打った。増藻からすぐ返事があった。「ゲッツ!」男たちは、お小遣いをもらった少年のように微笑んだ。
イトウは彼らがついて来たことを分っていたが何も考えなかった。調べられても何も出やしないんだ。それよりも頭上の存在の方がよっぽどの大事だ。
つやつやのお馬鹿さんが入って来たのは、女の子が帰った後だった。話の内容からすると、かなりの『電波クン』だ。その中に少しの真実が含まれているから注意深くなる。彼の話からすると、シンクロニシティーで金が儲かるという話だ。私の夢だな、イトウは思う。私の巻き込まれた世界の話だ。
「彼の芯を試しておこう」頭上の人は言った。「風邪をひきます」
イトウは黙って外を見ていた。風邪をひくには問題のない季節だった。
私は一週間ゆったりと自由だった。私を追ってきた人間は、次第に私に興味をなくしていったようだ。吉之という男の本質を探るのは私の役目ではない。何も考えず、何の秘密もなくゆったりと日々を過ごした。その中で私は、こんな風に死ねるなら良いかもしれないと思った。別段、自分が老いた感覚はなかったのだけれど。
頭上の人曰く、「それは、あらゆる物に現れる」と。『それ』とは、彼の本質という事だ。『自由……ゆったりとした』それが彼の本質なのかもしれない。腹の奥までゆるゆるとして、なんだか顔がとろけそうだった。吉之という男の顔を思い出す。あの歳で、(たぶんまだ三十路を越えたあたりか)目の下が少したるんでいた。今の私に、不幸というものに対する同情はない。それは自分自身が不幸だからではない。ここ二十年、幸福と不幸が同居しているのを体で感じていたから。まるで癌を飼いならすように。本物の不幸は、当人から不幸という感覚さえ奪い去る。闘うのか、共存するのか、いずれにせよ不幸を認識しなければならない。吉之という男に降る不幸の雨。味わうのだろうな。そして彼は、私の中にある幸運を感じ取るのだろうか。
イトウはコーヒーを飲みながら、彼の『ゆったりとした自由』が広がり、世界の一部の人間に受け入れられることを想う。同時に、『それ』が、どこかの快楽主義者の魂に蝕まれてゆく、ないしは、彼自身の性交によって変質してゆくことも想った。いや、たとえ『それ』が性体験によって削り取られて小さくなってしまったとしても、醜く食い荒らされるよりはましなのだろう。
「どこにも逃げていない」と、頭上の人は言った。「彼はどこにも逃げていない」うん。イトウは頷いた。
夜、イトウはぼんやりと女の裸体を見る。頭上の人に促された訳
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