伝説のイトウ
[2/7]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
まして」
イトウは部屋を出て、帰り道、頭上にある、増藻のイメージを転がした。
「刺青を入れちまったら、その安心が招きよせる不感症。手をつなぎたくなかったんだ。あの人達、少し精神にあやふやな所があって。そう思いませんか?」
「同意」
「確かに修羅場くぐってますよ。そのとき彼らには光が当たってる。それがね、その光から逃れた後、少しお馬鹿さんになってしまう。何度も何度もそれを繰り返し、取り返しのつかないお馬鹿さんになっちまう」
イトウは意識に触れる増藻の残り香が消えるのを待っている。
「この街のあちらこちらで、苦痛にもだえる人がいるって、そう思うと、なんだか胸がスッと落ち着くんですよ」
「なるほど」
「その人を恨んでいる訳でもなくて、自分の立場が上がる訳でもなくて、何故か晴れるんです。体の輪郭がしっかりする。隅々まで血が廻るんですよ」
「クスリの話だね」
イトウは導きに従って街を歩く。
増藻はすぐさま二人の男を奥の部屋から呼び出して、「つけてこい」と命令した。
イトウは目に付いたカフェに入り、少し迷う。喫煙者かどうか。喫煙を選んだ。カウンターに座り、後ろの男二人、女一人の会話を聞いていた。そして、この街には地下道があることを思い出した。こんなひどい道を長々と歩かなくても良かったのだ。
三人の会話は少々緊張すべきものだった。不幸な男はそれに触れない様に、付き添いの男はそれを強い語気に乗せて、女の子は不幸が入り込むのを何とか防ぐ為にそれを誠実に変えて、それぞれうまくやり過ごす。不幸が生み出す心地悪さが、誰、吸い込むことなく店に漂っている。
会話を聞きながら、サツキという女の子を想像した。誰かの名前を呼んでいる。男の名前だと思う。呼ばれた男の頭の中に幸福な乳房があたたかい。二人は現実世界の幸福を享受している様だ。男はサツキという女の子に降りかかる不幸、もしくは幸福なセックスをダメにするものを、ひどく地面に叩き付けている。又は濃淡のある世界の歪みの中で、たやすくその隙間を縫って快楽をつかんでいる。肉体がコツをつかんでいるのか、と思う。
吉之という不幸な男は、けっきょく心地悪い空気を吸い込んでしまったようだ。
カントクという男は、肉体と頭の中が分離している。理屈を言いながらそれに酔っているみたいだ。
イトウは「どれでしょう?」と頭上に尋ねた。「不幸な男です」と、答えが聴こえた。まあ、そうだろうな。
話が変わり、現実のだるさを笑う、なぐさめの様な、ガス抜きの声色。その中で、吉之という男の気配が消えてしまった。自分がお荷物になるような心苦しさを感じているのだろう。サツキという女の子の笑い声に、生まれつきのものか、後天的なものなのか分らないが、他人を嘲笑する耳障りな質が含まれている。人間というのは、ある閾値を越える
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ