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『ステーキ』
自主映画
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た。それを一種、悟りのように感じていたのに、こんな風に世界に触れちまう自分。何故。ちょっと笑った。
 吉之はそれまで現場の置物のように在った。カントクや竹蔵くんに置いてゆかれる焦りは臆病な憶測とあいまる。憶測とは、僕の殻を打ち破って自らの敗北を知らせる程のものは世の中にそうはあるまい、認めたくない、という気持ちから生まれたもの。あるときそれが『クルっと』尊敬に変わる。僕の造る世界を少し削り取るように、彼らは存在を確かにする。そして吉之はまたいっそう無口になった。その方が大事な部分を心の奥に残せそうな気がして。いつかあぶりだされたそれが、すべてのひとの鼻の奥をツンと突くような感動を与えるような気がしているんだ。それがどうだろう? 今日という日は。
「『お前。そのブーツでどれだけの人間 蹴り回したと思ってんだ?』のシーン、あのブーツで大丈夫ですか?」と竹蔵くんがカントクに訊いている。シンジ君のブーツは柔らかそうなデザートブーツだ。「履き替えりゃいいよ。大丈夫」もう触りたくないおっぱいを扱うようにカントクは言った。

 石花君が僕の後ろをついてくる。「道、ななめってますね。これは危険ですね」と話しかけてくる。先ほどの興奮をどう感じているのか分らなかった。僕らはさっきのシンジ君と女の子みたいな距離で歩いている。高校のとき優秀だった男を思い出す。彼は自分に誇りを持って歩いただろうか? それとも後ろから追いかけてくる様子を背中に感じてシャキっとしていただけだろうか? 時刻は昼でもなく夕刻でもない。振り返る度「気をつけて、すべるから」と言い訳して、石花君の様子をうかがっていた。なんだか刺されるような気がして。
 地下道に入るとゴム底が心地よくない音で鳴く。大通りの東から札幌駅まで地上に上がることはない。先ほどの緊張は冷たい風のせいだったのか? 今は二人の空気が馴染んでいるように思えた。
「駅まで行くかい?」と僕が訊いたら、「お茶飲みませんか?」と誘われた。男だから闘わねばならないよね。「いいよ」と答えた。
 地下道には500m美術館がある。通路の壁面を飾っているのだけど、それを見るたびに中学時代を思い出す。
その時代に少しだけ話せる女子がいた。好きになりかけていた。細かく言うと意識の膜を好意や性欲が激しく震わすのをどうにかたしなめていた。美術の時間、隣だったからえらく不自然な人間だったと思う。その女子のお父さんは美術系の仕事をしていたから、彼女もデッサンが上手かった。才能の遺伝。彼女は教科書以外にデッサンの教書を持ってきていた。「あのね吉之君。木があるでしょ? 木の枝って美しく、くねくねしながら空間を抱き込んでるの。その空間をとらまえる様に描くの」その教書には様々なデッサンがあった。僕のお気に入りのデッサンを指したら、「この人、少し雰囲気にのまれすぎよ」と
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