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『ステーキ』
自主映画
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「不自由でありながら、自由を手に入れるって事だよ」
「どういう事ですか?」
「不自由な所に手を貸すのが人間社会じゃない」とカントクが言う。「人間の不自由があるから発明がある。魂と肉体の不都合があるから創作がある。だろ? つまり不自由は自由に向かって進んでいるのさ」カントクは考えていた。今まで俺をむさぼった人間、全員乖離しちゃえって。

 南から差す光に、顔の半分を影で潰しながら二人は七回、同じ演技をした。見ているうちに何が良いか分らなくなるのが映画の現場。カッポック当てましょうか? と竹蔵くんが言う。いや、顔 半分潰れてていい。と監督は言う。顔の出来がいいなぁ、とつぶやく。神父は光と影の中でまつ毛が濃い。光に照らされた表情は内面から出るものか、神様が気まぐれに創った土塊か。部屋の隅で空気清浄機を動かし、空気の流れを作り、お香を炊いた。

「ああ、昔の女が言ってたな。『いまの環境で人を愛せないなら、環境を変えるのよ。それが愛の意味なんだから』なあ、愛が世界を変えるなら、いままでの人は何をやっていたんだ? 今、愛情を信じて余計に闇に捕らわれないか? この愛情は本当にどこかに辿り着くのか?」シンジ君が問う。 
女の子はシンジ君の胸に手をあてる。
「体を冷たくするものを、ゆっくりほどいてゆくことは出来ないの? そのまま冷たい人になるわよ」

 これが映画の冒頭部分。何の説明もなしに、いきなり愛を語る所がカントクのお気に入り。僕たちは札幌を東西に分ける創成川の東、大型商業施設の赤いレンガの前で撮影をしている。カントクは「もっと地味な、ありふれた所がいいよ」と言ったらしいが、カメラの竹蔵くんが「こっちがこだわった分の、二割ぐらいしか伝わらないから、少し強めの風景がいいですよ」とここを推した。僕はシンジ君の相手役の女の子の額を見ている。「おお、ジュリエット・ビノシュの三角州」と思う。カントクがダメだしをしているうちに、竹蔵くんは捨てカットを撮っていた。この街にカモメが飛ぶようになったのはいつごろからか。偶然に現れる捨てカットの題材は、流れ星みたいに幸運。斜めに傾いて空を滑る。カメラを不意に向けられて不機嫌になる人。このレンズの向こう側に、これからこの画を見るであろう人の視線が既にもうあるからだろう。
「いや、うそ臭いって言うけど、基本 映画って嘘ですよね?」とシンジ君が言う。
「嘘の向こうは真実だよ」とカントク。
「いや、実際、俺こんな喋り方の友人いますよ?」
「魅力のない現実ってのはそこら中に転がっているよ」
 シンジ君はいつものように、女の子を前にすると人格が変わる。目の据わったスケコマシになってしまう。僕を含めたスタッフ三人、それに苦い目線を向けている。空は低い。カントクは小まめにカットを割り、頭の中で編集を想像し、誤魔化せるか否かを
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