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『ステーキ』
自主映画
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こうの方にありますよ」と答えて難を逃れるような。そして彼は大きくなかった。どちらかというと実際より小さく見えた。加齢のせいもあるし、身長にしては顔が大きくて首が細いからかもしれない。それよりもただアンラッキーが体に当たらないように進化したのかも。
「マラソンランナーが長い距離を走れるのは、きっと神様に怒られないからだ」昔思ったこと。「怒られないように進化したんだ」
意識を天井に向ける。それでも彼の腹の中には鋭い刃が隠されているのではないだろうか? でも大抵の金持ちはそんなものじゃない? 金持ちがゆったりしているなんて、誰かの造り上げたイメージだし、すばやく動くと余計な物を拾っちまうぞ、という教訓なのかもしれない。ああ、昔ススキノで金持ちを見た。花束を持った紳士が夜の女を、両手を広げて包み込むところ。
「吉之君、頑張ってよ」と彼が言った。話はカントクの将来についてだった。「夢ってのはさ、いつか曲がるかも知れないけど、真っ直ぐ追いかけた分だけ人間を伸ばしてくれるものだからさ」
 気持を込めて言われたから複雑になる。何せ、プロの映画監督というものがどんなものであるかよく知らなかったし、彼の言葉の中にカントクの才能をなめたところがあるような気がして。その言葉の複雑を受け取ったら、それにお茶の味が吸い取られちまった。ああ、これがナイフか。相手に気を遣っておきながら、相手にすべてをあずけちまう。

 シンジ君が部屋に入るなり、「この立ち位置でいいの?」と十字架の前に立ってカントクに訊いている。脚本読んだんだ。かかとから、控えめに盛り上がったふくらはぎをなで、逆脚のひざを通って、鍛えられた太ももをなぞり、小さな尻をはじき、脊椎の湾曲をあらわす腹をすべり、少し猫背の背中を這って、若い首筋を駆け上がり、前傾した頭頂部から天に抜ける。
「ヘイ! ミスター・ラッキー!」と僕は声をかけた。「ウールのキルトジャケットが似合うね」シンジ君は「おう」と応じて、笑っている。
 ミスター・ラッキー? いったい誰を真似た軽口だよ。神父役のシニアなモデルが服を着替えている。
 壁際の棚に置いてある、細工を施した香炉を見つけて、シンジ君が「これ、炊いていいですか?」と家主に訊いた。「白檀ありますか?」
「いや、ちょっと待って」カントクが言う。「煙の無いきれいな光 撮っておきたいから」
 竹蔵くんが三脚を立ててカントクに指示を仰いでいる。
「キリスト教にも香を炊く習慣あるんですか」
「全然、知らない。香をやると心が躍るんだ。いや、変容するんだ」
 家主とシンジ君は海外の話をしている。東南アジアを旅行して、シャーマニズム的な置物を探している話をしたら、シンジ君はなかなか喜んでいた。
 竹蔵くんがカメラを長回しで光の移り変わりをおさえている。カメラの液晶を眺めながら「後で、
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