自主映画
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個人的にキリストを敬愛する人間の自宅に撮影に行く。
「キリストを架けた十字架。あれはあまりに美しすぎないか? 本当にキリストが世の中から駆逐される存在なら、一昔前のコアな映画ファンが好むような、冷めた暴力で良かったんじゃないか? つまりさ、あの責め苦はキリストを意味ある者として考えたからなんだよな。いや、十字架は美しいよ。フィギュアスケートのスピンみたいにさ」
この人の家には、リビングの向こう、南側にコンクリートの打ちっぱなしの壁があり、それに十字の穴が開いている。そこにクリスタルのガラスがはめ込まれて、昼ごろになるとそこから入る日差しが床に映る。僕とカントクと助手でカメラマンの竹蔵くんはリビングで話を聞きながらお茶を飲んでいる。お茶うけが美味しいパウンドケーキだったから、初めての訪問の印象はいいし、その場の空気に馴染めた。他人の家を訪ねて、好みに合わない物を口にすると胸の中で葛藤しなければならないから。
「これ見てみな、この教会。キリストの美しさとシンクロしないか? 十字架に架けられたキリストの肉体美のような繊細さがあるだろ?」
「それは人間の苦しみや死が生み出した美しさの事かな」とカントクが返した。
「それは何だ……。死んだら急に周りにいた人間の意識が変わる、とかかい?」
「いや、人間は生きている間、本当の意味で評価されないって事です」
「なかなか寂しいこというね」
その続きの本心を、カントクは語らなかった。「人間は自分の美しさを信じるから自殺するんですよ。自分の美しさこそ、己の醜さ、弱さを感じることが出来る力なんです」と。吉之の前では言いにくい言葉だった。
「肉体の発するエネルギーが精神をそのまま映し出すものじゃないから、どんなに美しい感性を持っていても肉体が精神の邪魔をするって言う一般論ですよ」
「その肉体のかせが外れたとき呪縛から解き放たれるのかい?」
「肉体のあるうちに人の心を耕すんですよ。憎まれながらね。そして死んだ後、自分の肉体から放たれるエネルギーが、人々に差し込まなくなったら、『あら、あの人美しかったかも』ですよ」
「なるほど、そいつはなかなか聖人だ。いや、鬼だな。キレイな鬼だ。聖人はある意味怖いからな」金持ちの目が深いものを探っている。
「自分を苦しめた人間に罪悪感を与えるまでは普通に出来るのさ。キリストはその向こうに美しさを用意していただろ? そこがすげぇんだ」その言葉にカントクは笑っている。
吉之はじっと家主を見ていた。街の外れだけれど、なかなか豪奢な家に住んでいる男。恐らくは金持ちなのだろう。しかしながら彼は金持ちみたいにゆったりしていなくて、周りの空気に嫌味な臭いがしなかった。頭の中のお金持ちのイメージはどこか、焦点をずらす何かを持ち合わせている。アンラッキーがたずねてきたら、「それはきっと向
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