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『ステーキ』
ある夜の話
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事務所で電話を待つ。これは新しい服を着るべきなのだと思い至る。早く電話が来て馴染んでしまえばいいのだ。背中に何かを感じた。いまどきのヤクザは刺青なんてするのだろうか? この意識に降りそそぐ圧力は、だんだんリン君を打ち負かそうと試みている。少年が少しずつ、ある意味の大人になるような自然を装って。いや、刺青は…。リン君はシンジ君と行った公営プールを思い出した。一つでも秘密を知ってしまえば、抜けられない? どんな電話がかかってくるのか。

「アマイ、アマイ、サトウ」
「甘い砂糖?」
「ノー。アマイ、アマイ、サトウ」
 リン君はメモ帳にそれを書いた。
「オーケー?」
「オーケー」
 ドキドキしていた。俺の胸の奥には何か知らないものが住み着いているな。

 小樽の防波堤に男が一人立っている。凪。防寒の無粋が目立たない場所。深夜という事をのぞけば。少し向こうの埠頭に海上保安。男の手には漁師の使う鉤のついた長い棒。ポケットにはGPSの携帯。
増藻にやり込められた後、自分の中の強さが精神と乖離した。強さを感じていた自分にしがみ付きたいイキがりと、震える身体に翻弄された。増藻の事務所、最後の時、爽やかに「ありがとうございました」と言えたことが思い出された。では、なぜ今ここにいるのか。寒いと何故かそれを思い出した。
 それは安い音でやってくる。ほんの近くに来なければ分らないのは、海に溶けているから。黒い包みは闇に馴染み、海鳥よりも目立たない。それを引く船体は一メートル五十ほど。鉤を使う時、腹ばいになるから少し意識する。立っているだけなら怪しくない。しかし腹ばいは。黒い包みは引っ掛けやすいように網で包んである。車に戻る間、平静を装っていた。誰も見えない。でも誰かには見える。人間によくあることだ。
 荷物を引き上げる。それを積んで車を走らせる。事を心の奥に秘める。自然ではないことを自然にこなす。「また嵐が来たわな」そういう具合に。
人間は往々にして自分に課せられた仕事の意味を解せず人形のようになる。その心の奥に複雑があるが、その複雑に耳をかすことは、出口を塞ぐということ。ゆえに、それを無視して仕事をこなすしかないのだ。そう、たまに嵐が来て複雑を刺激するが、それに触れると今よりも深い闇が待っているようで。
 男は部屋に帰り電話を入れた後、がむしゃらに腹筋を鍛えた。中年の無駄肉に隠れて、一番目立たない男のプライド。電気を消し、カーテンを開け、雪景色を見ていた。身体から疲れと共に疑問が抜けていった。

 カローラの中で身体の大きな男が言う。
「女ってのは急に輝くときがあるよな。何とも思わなかった女が何故か魅力的に輝くのな」
「無理目の女、狙ったんですか」と鎌口が訊いた。
「いや、鈍かった女よ。話しかけても目をふせて黙ってるから。感じない女だと思って
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