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『ステーキ』
ある夜の話
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まばゆく輝くそれは
ある人の心の隙間を埋め
また恥じらいを生む

与えることで満たし
同時に失望を与える

失望はまた
若き日のほのかな香り

誰かがそれを嗅ぎ分けて
ダイヤモンドというのです

 捨てたのがいけなかったのか? 全部ひっくるめて昇華したらよかったのか? いや、俺の気力がとりもちのように全てをひっくるめていたはずだ。俺はダイヤモンドみたいな光るものばかりむさぼって、大事なものをこぼしちゃったのか? その大事なものを誰かが内に秘めて責めに来るのか? 追い抜いてゆくのか? 俺が大人になって忘れたものって何だ? 満足と失望? そいつは一緒にやってくるのか? それとも誰かの満足が失望を運んでくるのか? 
 15才で捨てたふざけ合った友達の代わりに入ってきたものは、女の子の好む凛として切ない、みんなの一歩先を行く、未来を見つめる孤独だ。
 17才で捨てた物の代わりに入ってきたのは、外的刺激に対してわざと一テンポ遅れて反応して目の前の雑な物に喰いつかなくなる心。
 19才で捨てたのは、ありきたりな順位付けで出来た天井。その代わり入ってきた物は……。これですか? 

リン君は大きな部屋の奥にある扉を開いた。右に手洗いがあり、左に三畳ほどの部屋。そこに簡素なベッドがあり、その向こうにシャワールームがあった。床は古く、時代遅れの柄の入ったビニールが、端っこ、壁に触れるところでめくれる。「大きな部屋で電話を待っていろ。いつ来るか分らない。十時になっても来なかったら帰っていい。相手は日本語を知らないから、質問はするな。電話を切った後、もう一度ベルが鳴る。取らないでコールの回数を数えてメモしろ。毎日会計の所に行って給料をもらえ。メモはその男に渡せ」それだけだった。
 リン君はベッドに横たわる。急に飛び起きてシーツの匂いを嗅いでいる。安心して横になる。体中から緊張が抜けてゆく。緊張は米神の辺りに少し残っただけだった。怖かったのだ。ただ、ヤクザの事務所が怖かっただけなんだ。
「未来? 未来がやってきたのか?」
 それは体にフィットすると、それまでにはなかった重さを持って乗りかかり、リン君はかりそめの泥人形。雪道で踏んづけるコーヒーのスチール缶みたいに、つるりと上手く逃げてゆけないかしら、この異質から。あきらかに意識の殻の外からプレッシャーを感じる。顔つきが変わっている。じっと目を閉じていた。暗闇の中でも現実はそのまま現実なんだと思った。
 リン君は未知の不安を感じながら毎日通った。律儀に、能面のように。外を歩くとき少々人の視線が気になる。身体を覆っていた柔らかいゴムのように柔軟な空気が消えた。己の視線がすれ違う人の奥に入るようでありながら、曖昧にぼやけているのは自身の心の反映か、人々にもそれを求めるのである。
ひとり
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