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『ステーキ』
ある夜の話
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男はなかなかのイチモツだな。15.8aの4.5aか。隣の個室から「ククッ」と押し殺した笑いが聴こえた。
 女が声を殺しながらも盛り上がっている。その姿に魂が吸い込まれる。増藻はいま持っているパイを手放したくなってきた。何も考えていなかったいつの日かに戻りたくなったのだ。「丘のある町で鐘がゴンゴン鳴っているな」それが何の意味か分らないが、目の前にある人間に魂をいじられている事だけが分った。増藻は考える。いつもの俺ならば、膨らんで自分以上になっている人間を見たら、これを制する。しかしながらこの場面で肝っ玉に違和感があった。ムダ毛の一本まで肯定したいほどの勢いが無いのを感じていたのだ。「丘のある町は歴史を愛して止まない人達の集まりだ」そうだ、俺の歴史を愛そう。この男を女で誘い、ボクシングで制し、金で誘い、でかいイチモツで制す。そしてタバコをふかす寂しげな背中で裏社会を知らせる。「丘のある町を闊歩するのは都会で汚れをたっぷりと吸い込んで楽しみ、田舎に帰ってつつましく暮らそうとする喜ばしい新婚夫婦だ」そういうことだ。

「名前なんていうんだ」増藻が男を連れてフロアの端っこにいる。
「リンです。臨機応変のリンです」
「リン君ちょっと待っててな」
 増藻はフロアを見回して人の間を歩いていった。
「リン? リン君?」シンジ君は少し離れてぼんやり男を見ていた。「ノゾム君じゃなかったの? 女遊びがばれない様に名前を変えているって言ったけど、俺にも嘘? それとも『リン』が嘘?」シンジ君はじっと男を見ている。先ほどフロアで話していたときと感じが違う。いや、彼の感じが変わったのではなく、キャップの男が話しかけたから、なにやら彼の薄い膜が張り換わって彼の心がわからなくなっただけだ。親友だと思っていた人間が、意外な人間と心を通じていたみたいな事。「どうなる?」
 増藻はフロアの女の子に声をかけている。「やっぱり俺に開発された女は違うね。体中からフェロモンが溢れている」その女を連れて、リン君の所に戻ってきた。人差し指を立てる。良く見ているんだよ。その指で彼女のチューブトップを引き上げた。弾むような乳房がこぼれ出る。リン君は高い声を出して笑った。「今、終わったばかりなのに元気だね」増藻は彼女の乳房を隠して、耳打ちした。「この街は狭いよ。裏を知ればもっと深くなるけどね。上手に鉱脈を探さなきゃすぐに行きづまる」
 知らない世界がたまに網を広げて誰かを捕まえにくる。人間だから知恵が利くと思うかも知れないが、網にかかるときは魚のように無知になる。おぼろげながら人間同士のつながりが、神の定めた万物の仕組みから逃れられないような気がする。
踊りながら対峙する世界の真実。体の中に何か入ったり出て行ったり。隣の女の色気が誰かの好意を誘う。空っぽの頭を風がなでる。世界をかき回す性欲が熱い息
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