暁 〜小説投稿サイト〜
『ステーキ』
ある夜の話
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鎌口をのけた跡に白く新しい床が丸くあって、

 私は愛など感じたことがない
 私自身が愛であるからだ

 と書いてあった。壁のバリをはがして丸々穴を広げると、四方に文言が書いてある。

 魂に生まれつき汚れた所あらば
 正義を志さねばならない

 歯車は互い違いのところがあるから
 回るんじゃないか

 危ないとき自然に出た涙に感動

 日々の暮らしで聖と邪を分けたまえ

 善人は悪人を己の中で感じ
経験しなくてはならない

 わがままを打ち上げて開いた花など
 すぐに枯れますわ

 電気とは地球の根性だと思います

 コントロールするのは
 自分の心だけで充分です

 他人の心に触れて
 導き出した答えは
 その人の心を
 自らの力で
 歪めたものでありますから
 その答えは
 その人の姿も変えてしまうのです
      ↓
 整形は生まれながら持っている
 問題解決の力を捨て去り
 この世の仕事を
 放り投げる事にもなります
      ↓
 すべての問題が解決したら
 整形してもいいんじゃない?

「何ですかこれ?」とリン君が誰にともなく訊いた。
「ここ、昔 宗教の道場だったんだ。俺が部屋を借りるときその話聞いてた」
「ここに御神体置いてたんだな」とデカが言う。さっき人を吹き飛ばしたことはあまり気にしていないらしい。「カニ食いますわ」
 リン君の頭の中にぼうっと、壁の言葉が浮かんでいる。他人の考えた、深いであろう思索は、時に脱力感を生む。いや、でも多分、ぼうっとしているのは、ここがヤクザの事務所であることを、いっとき忘れただけなのだろう。デカはカニを食った。増藻はシャワーを浴びている。カニ臭いのが嫌なんだと言った。鎌口は気張って平静に事務所を後にした。外は随分冷えていた。

 鎌口が圧雪を踏みながら南へと帰る。ほどよい圧雪を踏むと心地いい。金の欲を持ったら、その魔力を失うのが怖くて、金の流れを知らない鎌口は腹の内に収まらない不安を感じる。
こんなに離れていても、増藻さんの視線を感じる。いや、視線じゃない。あのひとの意識が自分を固くしてくれる。変な意味じゃなくて、曖昧な所に上手いこと心の水脈を築いて確かな心にしてくれる。波打ち際の砂浜に消えても消えても何度でも線を引くように。これをなんと呼ぼう? 風紀? ヤクザに風紀。いいな、かっこいいな。右手にドーナッツ屋の看板が見える。この看板一つとっても、いろんな技術の集結なんだな。ああ、おれはヤクザだ。簡単なヤクザさ。目の届かないほど遠くからつながる金の糸。いつか途切れる? いや、この不安あるうちは切れねぇ。世の中そういうもんだ。
 静かな夜を街灯が照らし、世界はそれ以上の高みを見せないでいる。多分その方が幸せな
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