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『ステーキ』
ある夜の話
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人間が人間らしくなるとき、動物から抜け出すって事か?」
「動物の方が純粋ですよ」
「いやまた、神に近かった人間が動物に堕ちる? いや、恋っちゅうもんは神様の叡智の一部で、それをほおばったら神の仕組みから逃れることが出来ないって事か?」
「お前ら、いいからカニ食えよ!」と増藻が言う。部屋の片隅に置かれているソファーセットに増藻とリン君がいて、リン君もまたカニをむいている。
「お前、リンゴ食わねぇよな?」
「アップルパイ食いますよ」
「そっちのリンゴか」
「木の実を食ったら苦しみの中で愛を知るんですよ」
「おい鎌口。愛って何か知ってるか? なぁお前。愛ってのははみ出した所に集まるんだ。デカイおっぱい、はみ出してるだろ? でっかく勃起したチンポ、はみ出してるだろ? とりわけ美味いイタリアン、あの国ははみ出してるだろ? どうした? 渋い顔して。なんだお前『自分にもはみ出した所があるのに愛されてねぇ』って思ってるのか? おいお前、それは凹んでる所だぜ。人間凹んでる所をでっぱってると思い込むことがあるんだ。『何故こいつがナルシスト?』って思うことあるだろ?」
 リン君は黙ってカニをむいている。白い箱の中、カニの横に空白があるのをみとめる。「大丈夫、俺 悪くない」そう思ってカニの脚にハサミを入れて開いたら、残念な天津甘栗みたいに左右に身が割れた。「お前も上手くないな」と増藻は言った。「おい、お前らカニの肩のところ食えよ」
 鎌口は冷蔵庫に入っているパイを出し、「これが愛ですよ」と言おうとして扉を開けたら何もなかった。
「木の実を食って股間かくすのは、自分のモノで相手が悦ぶか心配になったからだろ? お前、リンゴ食わねぇよな」
 鎌口はじっとデカを見ていた。弱いながらも、侮蔑に対する反発の視線があった。
「お前に食わせるパイはねぇ」
「あのパイは大事な人が作った…」
「横恋慕するんじゃねぇ!」
 デカはショルダータックルでたやすく鎌口を飛ばした。五メートル程だと思う。それを見ていたリン君に増藻が言う。「俺はいま気が付いた。カニの身が赤いのは、外見は中身に染み込むって事だな」
 リン君は鎌口が開けた壁の穴を見ていた。鎌口は女と寝るときクスリをやらなかった。「俺は正攻法で行く」と胸に秘めている。その男がたやすく飛んで穴の中にいる。リン君は穴の中の鎌口を見て、「何で穴、開くんですかね」と強めに言った。おぼろげな恐怖を吹き飛ばすため。鎌口の鼻から頬に金のネックレスが這って光っている。その向こう、穴の奥に時間に焼けたベニヤ板の壁が見える。

 恋をすると苦しくなる?
 そりゃ、あたりまえさ
 恋する心は真実だから
 真実にはたくさんの魂が
 寄ってくるからな
 ああ、俺の恋は大きかったな
 1tくらいあったやな

 と書いてあった。
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