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『ステーキ』
ある夜の話
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たのよ。それがこのあいだ店に行ったら、ニコニコしてるのな」
「商売おぼえただけじゃないですか?」鎌口が言う。
「本当に強い奴ってのは自分に不運が来たとき、その不運の源を引き寄せて、自力で不運から逃れるんだな。自分に絡みつく男、上手くあしらったら運が開けたってよ。そしたら客の付きが違うってよ。人間の運命ってのは急に開けるって言うけどな」
「あれですよ。世の中は砂時計みたいな形してるんですよ」
「寿命の話か?」
「いや、形がすぼまっているでしょ? 真ん中のところ。あの狭いところを通り抜けなきゃ広い世界に行けないって意味です」
 鎌口の話を聞いて、増藻は「クジラ12号には切れがねえ」と思い、体の大きな男は「小学生時代、理科室で行った水素に火をつける実験」を思い出し、運転手の佐古は「それは出産のとき終わっているのでは」と思った。鎌口は「今の状態が一番すぼまっている極みだ」と考えている。
 増藻は「歌えや」と言って、助手席の鎌口を突いた。「いつものやつだ。鎌口は歌う。「今、厚い包皮が〜キレイにむけたら〜」酔っ払いの寝言のような声だった。それを笑いながらみんな歌った。「クジラ12号」という歌の替え歌だった。奥手の童貞を揶揄する歌だ。
 南に向かう車は、一度人里が途切れた後その向こうに小さな集落を左に見て、国道からその中に吸い込まれると、坂道を登ったところで止まった。
「デカ、行ってきて」と増藻が言う。
 後部座席から出て行った男の大きさが背中を見ると際立つ。僧帽筋が盛り上がってなで肩ある。この寒いのにニット一枚って、どれだけ燃えてるんだ?
「なあ、鎌口。あったかい所から見る雪は温かいな」
「それは増藻さんが若いからですよ。感性が若いからですよ」
「ありがと」
 温かいところから温かいところへ。この土地の寒い冬を過ごすうち渡り鳥の気持ちが分ってきた。彼らは生きる為に渡るのだ。その先には生きる糧がある。それを見つけるとアドレナリンが出る。温まるんだ。
 デカが抱えてきた発泡スチロールの箱を見て、「デカいな」と増藻は驚いた。トランクルームの中で開けた箱には、白い粉の入った袋の隣に大きなタラバガニが2ハイ入っていた。増藻はカニの甲羅を見ている。「アブラガニじゃねぇな、タラバだ。ロシア人優しいぃ」

「あのリンゴを食って恋の罪を背負うってのはつまりさ、動物には人間みたいな醜い憎しみがないって事か?」デカが言う。それに鎌口が応える。「憎しみ、ねたみって言うのは、人間によくある他の手が使えるってことに因るもんですよ。頭を絞るエネルギーの源じゃないですか」
「どういう事よ?」
「喧嘩で負けてそれで終わりだったら憎しみも湧いてこないから。他の手があるから人間、ねたむんですよ」
「他の手があるから、人間おもしれぇんだろ? いやそれとも、リンゴを食って
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