カントクの話
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と。
「何で僕に優しくするの?」と吉之は訊いた。
「ブサイクだからだよ」と言ってカントクは笑った。そのセリフ、二十回位言わせたから灰汁が抜けている。
「今回のやつもヤクザな奴出てくるね。カントクは何で汚いこと好んで書くの?」
「それは恐怖だ。恐怖に混じる好奇心だ。平和に生きてても汚いことに触れてんだ。タバコ一本平和にふかせば、悪人の頭に悪辣な名案が浮かぶのよ。表と裏は常につながってるんだな。俺が正しい事をしたら何故か反動で悪い事が起こらねぇか心配になる。そしてそれを描くんだ。そしたらみんなその悪辣な名案が伸ばす手から逃れられるんじゃねぇかって思うんだ。そしてその魔の手が伸びる先には必ず主人公がいるんだよ」つらつらとカントクは言った。吉之は黙って聞いた。
「いつかこの人は僕のことを主人公とか言いそうだな」と吉之は思う。「不幸を背負うのが主人公なんだよ」とか言って。その想いはなんだか吉之の居心地を悪くさせた。逃れられない鎖をやさしい看守がそっと手足につけるみたいに。
カントクは吉之の抑えた沈黙、行間に大きな器になみなみ盛られた感性が溢れている気がしてならない。それと同時に「もう吉之の性欲は腐りかけている」と思う。
「なあ吉之、新しい脚本見て何か思いつかない?」
「とてつもなく勃起したチンポを持つ男と、とめどなく濡れた女がこの街で強烈に引き合って合体して、回転しながら天に舞い上がる映像が浮かんでくるよ」
「おお、その妄想いいね。妄想は魂の真実を守る鎧だよ。ウニみたいな妄想だよ。ウニのトゲの中に真実があるよ」カントクは上機嫌に笑っている。
「ホントに今度の主役はシンジ君でいいの?」
前の現場で「何の為にあの人いるの?」と剣呑に言われたから吉之は少し押し返した。
「立場。立場ですよ、おにいさん」
「なぁ、カントク。美しい人は天から光を降ろしてくるんだよ。真実の光だよ。皆それで生きる意味を教わるんだ」
「俺にはそんな風に思えないけどね。あいつらから少し漏れ出るイビツなもん見逃したくないんだよ。見逃しちゃいけねぇ。いけねぇんだよ」
吉之は「いや、僕も彼を否定したのだけれど」を飲み込んだ。
「そのイビツなもんで世界をなでるのが、さいきん快感になっちまって、キレイなものホント拝みたいね」
「ねぇ。シンジ君は今でももてるの?」そう訊く吉之の中には何もなかった。カントクと電話すると何故か心に空洞が出来る。それは何の手触りも持たず、感情を吸い込んでしまうから、たまに気の抜けた言葉を発する。いや、それは空洞がどうのじゃなく、詰まりすぎているんだ。「詰まっているものは、養殖のうなぎが餌をむさぼり食うような意識の混ざり合いなのだ」と思う。
「人間は虫がついてねぇのが好きなんだよ。女は特に顕著だ。多少難があっても、虫の喰わない魂を好むんだよ。喰われ
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