カントクの話
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ないように追いかけながら早足でゆく。悦びのツボは生き物のように動く。そして、俺の心と愛撫がどうであろうと、俺の視線の持つ力がカノジョの胸に突き刺さってその心を固くするから、スルリと自然に向こう側へ行けないようだった。
「人間するべき事をし、してはいけない事をしなければ才能は枯れんのだよ」
俺が後ろから突っついている間、ずっと頭の中に響いてた。それほど邪魔じゃなかったけど。
終わった後、おでこの曲線を愛でて、眉を確かめ、頬骨をコリコリと。耳に指を滑らせ、耳たぶを軽く絞る。感じるか否かわからない首筋に唇をつけ、細い鎖骨に息を吐いた。絞り上げるように抱きしめたら、カノジョ熱い息を吐いた。
カノジョ、シャワーは一緒に入らないと言う。何か特別な洗い方をするのだろうか? それとも、俺の何かに穢れでも感じるようになったのか。
カノジョが目を閉じているその横でぼんやりすれば、吉之が浮かぶ。その姿は実際より大きく、自分の不備を責める曖昧な、言葉を持たない問いを投げかけてくる。俺は小さな公園を浮かべる。遊具はある。それはくたびれている以前に平凡な色をしていたし小ぶりすぎた。いや、俺はあらゆる大きさに満足しているはずだ。目の前の女を輝かせて不安なんて消してしまえばいいけど、不安の種は可能性とせめぎあっていたから下手に触れたくないし、そんなかたちで払拭するのは良くないのではないか。そういう考えが浮かぶような吉之の存在。俺は吉之の肩をもってサツキさんに相対した。
自分が好きな物だけを集めたらキレイな世の中になったように、一見そう思えるだろう? だけどな、その自分の好きな物の存在が嫌いな物の裏面であったらどうだろう。嫌いな物があるから好きな物にエネルギーが集まるとしたらどうだろうかな? 俺だって嫌いな物は嫌いだ。深く考えて無理やり好きになる気もない。でも、嫌いな物から何かを奪い取る連中があまり好きではないんだ。わがまま。そんな女を見ると、その嫌いな物にどうしても肩入れしたくなるのよ。なんだか逃げたくないのよ。こういう思いで吉之の応援をしている事、本人に言わないでおこう。
カノジョが帰った後、胸の中で静かに力強く動く心臓の音に耳を澄ませ、身体を包む柔らかい温かさを味わう。
「牙というのは抜かれる物だね。切れる刃物を持っているのも疲れるし。ものを考えるには、これはこれで都合がいい」
そのまろやかな意識のまま吉之に電話をかけた。
カントクは猫をなでる様に吉之の映画の現場での必要性を語る。
「吉之は太陽で俺は月だよ。月は太陽から、どう人間を照らせばいいか教わるんだ。吉之が後ろにいると手が抜けない気になるんだよ」
スペースシップから見る夜の地球にあまた光る稲妻のごとく、吉之の頭に軽くてちょっと遠い頭痛さし込む。それを耐えるように意識は薄く、ぼうっ
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