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『ステーキ』
カントクの話
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ちまったらお終いさ。カフカみたいにね」
「カフカ? フランツ?」
「ああ、カフカだ……。でも虫に喰われてこその芸術だと思うんだよ。何せすべての主人公は足かせを付けられているだろ? でもそれを演じるのはキレイな人間だ。穴の開いてないキレイな奴だ。それで思うんだ。虫に喰われた現実の主人公達は、その悲しみを知らぬ間に『力』としてキレイな彼らにあげちまっているんじゃないかって。主人公の虫に喰われた悲しみはキュゥゥと白い世界に吸い込まれちまって『まるで役者の一部分です』みたいに振舞って、過去に主人公の悲しみだった事を忘れてかっこいい何かになっちまう。そして現実の主人公はこの世から忘れ去られちまう。『ああ、あんな醜い人いたな。あの人は何であんな人生だったのだろう? 何かの因果だろうな』くらいなもんだ。醜さの中に悲しみが埋没して誰も理解できやしないんだ。さらに言えば彼らは、『私を演じてくれてありがとう』なんて言葉を抱えて死んじまうんだ。なかなかひでぇ話だ。でもさ、こちら側の都合を言えば、キレイな連中は虫の喰った穴をきれいに映し出せる鏡なんじゃないかって。完璧にそろった感性により映し出される悲しみだから感じるんだ。心を害さない、キレイな外見でさ。『なるほど、こんな悲しみもあるんだ』って具合にね。それは、キレイに人の心の中に染み込むんだな。まぁどっちも本当だけど、芸術には必ず虫喰いが必要なんだよ」カントクは言い切って少し黙った。
「なぁ、今日はどんな日だった?」
「一本の矢も放たず、また受けもしない一日だった」と吉之は答えた。
「なんだか偉人の言葉みたいだな」
「誰かが放った矢は間違ったところに刺さっているのか、もしくは刺さったところから自分が撤退したかだと思う」
 撮影の日時の相談があった。カントクは日雇いで働いているから暇は空けられるし、吉之には用事がなかった。
 カントクは電話を切った後、テレビドラマの若い女優を応援した。吉之はカントクとのつながりを地味なシャツみたいに観察して、また来るかもしれない激しい勃起を用心していた。毎晩それはやってくるのだ。

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