カントクの話
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「お前ら、売れないモデルから 金むしり取っているんだろうが」と、言葉が脳裏を走る。この男を見ると、必ずこの言葉が走り抜けるんだ。俺はピクリともしないで、その男が脚本を読み終わるのを待っていた。事務所は静かだった。北国の冬だからと言うわけじゃない。ここは幸運なコーヒーショップみたいにいつも静かなんだ。そのせいで、放つ音の輪郭が強い。男はページをめくりながら、鼻息を強くしている。壁にはたくさんの宣材が並んでいた。素人が見たら笑っちまうような写真たち。その人達の中で「役者やってみたいです」という人達を、俺は使っている。「売れないモデルから 金むしり取る」その片棒を担ぐ。
白いテーブルの上に、所属モデルが載っている雑誌が置いてあって、その向こうに男が座っていた。しかめた顔は「オーディションに応募してきた、そこそこかわいい娘をどうしようか?」と思いあぐねるように。
この男、何故か創作というものに畏怖を抱いている。初めて俺がここに来て脚本を見せた時、目を丸くしていた。『畏怖』いや、それじゃないかもしれない。「外部の者に犯される」もしくは「何故、真っ当な人間がこの求人に?」かも。俺、存在感あるな。静かに飲むコーヒー。熱すぎる。
「いいね」と男は言う。「いいじゃない」
「本当にわかってる?」と思いながら「ありがとうございます」と言う。もう、力の抜きどころはわかってるから。難しい事はしないよ。部屋の向こう、死角になるところから社長が姿を見せる。歩きながら彼女は言う。「最近、キレイに撮れてるよね。腕、上がった?」
俺は笑っている。「歳をくっただけです」ほめられたくない。「侘び寂びが入ってきて」
「いくつだっけ? 三十四? いい歳じゃない」微笑む彼女。本意を探るのは野暮なのかな。
「下にあった車、シンジ君のじゃないですか?」
「あれ、貸してるのよ」
「シンジ君いるんですか?」
「いや」と男が言った。「余裕かましてる」
「余裕なんですか」
「言い方が悪かった。ガツガツしてない」
シンジ君、今回の主役。その前も、そのまた前も。たまにテレビCMに出ている大学生の男の子。
「コピーとらせてもらいます」
背中に視線を感じるほどに静か。それは、彼らの一滴の不正も知らせないように。『腕が上がっている?』自分の中に自負があるか探してみる。そこには『バスケットボールのリングをつかむ事が出来る』くらいのものがあった。いや『相手のパスをカットして、目の前のディフェンスをレッグスルーでかわし、レイアップシュートを決めた』くらいのもの。全然、比喩じゃない。本当の自慢話だ。
コピーの最中、男は喫煙スペースでタバコをふかしていた。遠い目をして外を眺め、うっとうしそうに煙を吐いた。もう、世の中から金を搾り取る手立ては、頭の中でしっかり形になっちまって、「これからどうして食
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