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『ステーキ』
ヨシユキの話
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ってくれていたのに。脳髄の、少し空になった感じが、不安でしょうがない。テレビをつけた。
「勝ちを求める」という言葉がひどく柔らかいところを突いた。僕自身、今まで求めなかった訳じゃない。しかしながら、想像でもそれを求めると、手足に気持ち悪い感触があった。
「勝ちを求めない」ときが一番心地よかったのだ。

「ブラック・イズ・トゥルー理論なのです」

テレビの向こうで白髪の白人が説教をしている。日本に乗り込んだ欧州の新興宗教らしい。

「体の中には白の部分と、黒の部分があるのです。白の部分使うと、神様 喜びます。黒の部分使うと、神様 怒ります。自分の中に黒の部分あるときは、昔の僧侶のように修行しなければなりません。苦しみに耐えた心が、黒い色を出さないように、奥に押し込んでくれるのです。しかしながら私達は、黒が染み出す事を恐れません。黒でさえ神様の色なのです。白の部分ばかり使うと、キレイな事、起こると思うでしょう? ノー。この世の白は、黒を引きつける餌なのです。いつも白を追い求めていても、世界は白くならないのです。ブラック・イズ・トゥルー理論なのです」

 VTRの途中、コメンテーターの「気狂いだな」という、声が入っていた。『黒も真実』いいじゃない。脳みその芯にふわふわ頼りないものを感じているから、納得しちゃうじゃない。
 世界中の、現実的に言えばある一部分の、楽観的に言えば大部分の人が、たえず何かを考えていて、それは天気予報のように複雑な真実をあからさまにしようと試みている。時に凍てつく冬にまぎれた小春日よりから。時に人間より大きい脳みそを持つ鯨の存在から。
ある人は言う「言葉は紡いだそばから破壊されてゆく」ある人は言う「愛こそ真実」またある人は「愛は言葉じゃない」考え抜いた人が言った言葉たち。
独りごちる。「でも言葉を使うことは、クールな愛だよ。だってさ、すごく距離感があるから」
 浮き沈みの激しい心の見る風景の、色の移ろいをくい止めるように写真を撮る日本人観光客がテレビに映る。馬鹿にしちゃいけない。心はいつも固定されていないから、一瞬の輝きや、たそがれをきちんと捕らえておかなきゃいけないと思う気持ちは、「愛している」気持ちが萎えないうちに「愛している」と言葉で伝えるようなもの。馬鹿にしちゃいけないんだ。それでもいつか、その言葉は僕の恋心みたいに時間がたつとカラカラに乾いちまっているんだ。言葉がずっと、その潤いをもって人の中に生きているなら、なんかもっと世の中はうまくいく。
 さっき、おっちゃんが僕を言葉で吹き飛ばした。そして言葉で考えることで僕は僕を取り戻そうとしている。言葉を浮かべると、何故か自分が消えてゆく。
『愛は言葉じゃない』僕は愛から逃げていますか?
 カタカタと窓が震えるのは、先ほどまでの帰り道、僕の頬を切っていた
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