ヨシユキの話
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いが悪くなってしまった。理由を考えた。多分、おっちゃんは「このにいちゃんは妄想にふけって人より高いところ跳んでいる、生ぬるいお馬鹿さんだな」と見下した。それで、気持ちの悪いものが、流れ込んできたのだ。人は弱い立場になると、暴力が流れ込んでくるから。
「高いところに登ると、俺、馬鹿になるのな。馬鹿は高い所が好きってのはウソだな。高い所にいても馬鹿にならねぇ奴が上に登っていくんだな。にいちゃん、高いところ好きだべ?」そういって、おっちゃんは笑っている。その声に乗って、侮蔑が体を震わす。僕の中の醜いところが、肉体を経て周りに広がりそうになるのを必死で我慢している。
「高みに昇ったと覚えちまったら、とたんに邪気が寄ってくる。そいつら足を引っぱり、媚を売って、根こそぎ持ってっちまうのよ。自分のいる所が他人より高けぇと思ったら、没落間近だわな」
体中のエネルギーとかビタミンとかミネラルとかナトリウムポンプとか、そんなあらゆるものが暴れちまって、慌てて意識に帽子をかぶせる。風が吹く。木の葉が揺れる。細やかな枝葉がチラリとのぞく。腹の底に視線が注がれ、羞恥。いや、見えない。見えないはずだ。
このおっちゃんの話が何故、僕の心に刺さるのだろう? おっちゃん何人の女と寝ましたか。心の中でつぶやきながら、話の続きを聞いていた。
「なぁにいちゃん。『嘘』は何のためにあるか知ってるか? それは『本当』を磨きあげるためにあるのよ。嘘つかれると人間 怒るだろ? ますます本当求めるわな。でもみんな、本当のこと言ってるつもりで、的を外した問答してるのよ。その嘘に絡めとられて、グルグル回って諦めって所に落ち着くのよ。落ち着いたところがその人間の安住の地なんだな。人間は天を目指して飛び上がるけど、その世界の風に吹かれて訳のわからない所に運ばれちまうんだぁな」
おっちゃんは酒を一口飲んだ。つやつやした顔が心の底を見せないでてらてら光っている。
「でもなぁにいちゃん、本当に嘘をついていいのは仏さんだけだ。仏さんは嘘をついて巧みに人を導くのよ。『嘘』っちゅうのが『本当』になる瞬間、それが仏の胸突き三寸よ。ちなみに俺、仏さんな」そう言って、クスクス笑っている。
不幸が教えてくれた繊細と
繊細が生み出した優越感と
優越感が引き起こす痛みと
痛みが押し広げた心のキャパシティー
そんなものを抱えながら、吉之は家路につく。切れるような空気の、その心を麻痺させるがままに、無音の心で歩いている。
ベッドに横たわりじっと待っていた。しかし、この夜は何も寄ってこなかった。いつもは心が吹き飛ばされても、時間が経てば過去の日に心の内に刻み込まれた機微が心を満たしてくれていたんだ。決して仰々しくない記憶。心の枝葉の末端の細かい、産毛の風に吹かれるような記憶が、しっかりと心を保
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