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『ステーキ』
ヨシユキの話
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日の弾けるような笑いで、それが皺だらけの顔をかりそめの肉襦袢にしてくれるのだろう。
 僕の慢心ぷっくり膨らんで、吹き出物みたいに赤黒く 固く 痛くなる。痛みは心に麻痺を迫って、さっきの詩の出来不出来も飲み込んでゆく。それは意識の底に重く沈んで、何らかの威力を放っている。おっちゃんを見て何故か慢心膨らんだのだ。
胆の据わった奴の、雑で穿った言葉を聞いたとき、勝ちを感じて胸を膨らませては、現実のヒエラルキーにおびえたりする人。
大雑把な奴らの心の隙間に、自分の細やかな意識を差し込む。ナイフみたいに鋭く。そして誰かを心の内で傷つけた後は能面のような顔の下に本心を隠して現実から遠ざかり、誰にも触れられない聖地を抱える。傍から見れば単なる無感動に思えるそれは、ひどく吸収力があって、誰かの嘲笑も無音の世界に葬ってしまう。そして胸が張り裂けるような優越感と、その立場を引っくり返される恐怖。それをギュッと押し込める。
意識に触れる、奥のほうまで届く何か。僕は殻を破ってその何かに触れ、そこから大事なものを持って帰ってくる。そしてひどく熱く膨らむんだ。その後、すべて冷えて固まり僕の一部になる。
これを人は『盗む』と言うかもしれない。心にはエネルギーがあるから、「あの人こういう人だよね」という憶測の言葉だけで流れが変わったり、滞ったりする。深く考えれば、この心ひとつが罪になるような気がする。しかしながら、知らぬ間に僕から盗まれたものが目の前に現れて取り返さないのも滑稽だからさ。心の在り様は流動的で、いつ、何を失ったかわからないから、目の前に「こいつは帰ってくるぞ」と思うものあれば奪い返さないと。
 店の天井を見ると、白と緑の「非常口」が光っている。こいつは何かから逃れるための出口だな。でも、その「何か」が分るのは、ケツに火がついたときだけだ。それじゃなきゃこの出口のありがたみはわからないやな。
「非常」という言葉で「原発」を思い出した。A・B・C とボタンを押したらば D・E と押したくなり、F のボタンを押す時には、A を押した時のためらいは消えて、Aが何であったかも忘れちまう。Fのボタンを押せば、目の前に欲を満たすリアルがある。「非常事態だわな」と独りごちた。

「おい、にいちゃん」と、おっちゃんが話しかけてきた。「この間、鳶の男が言ってたさ。一仕事終わった後のメシはたまらなくウメぇってさ。だから俺、テレビ塔 登ってみたんだ。そしたら下見てちびりそうになったさ。あれ、足元を掬われるときの、あれさ。しっかり土台固めて上がらなきゃ。いきなりはな、怖いわな。俺なんか立ち上がるだけで怖いもんな。飛び跳ねたら意識飛びそうになるからな。俺はその類の美味いメシは食えそうにねぇやな。生きるか死ぬかの後は、メシがウメぇてっよ、なぁにいちゃん」
 聞いている間、体が震えて、酔
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