暁 〜小説投稿サイト〜
『ステーキ』
ヨシユキの話
[4/12]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
ながってて、音楽聴くとつながってる人に波動届くの。それでさ、その、つながっている人がプロのミュージシャンだったら、その波動で作曲して、作詞して、儲かった分のいくらかが宝くじで当たるの!」嬌声。「やったよ、やった!」友人はもろ手を挙げて喜んでいる。
 彼の声があまりにも空気を変えてしまったから、店の客が興味深そうに彼を見やった。カウンターの男も同じく。その男は目の下に深いクマがあり、目は大きく、肌は白く、血の気が引いていた。僕は思う。
「僕より不幸な人発見」

 それから一週間、吉之はひどい風邪を引いた。

 その風邪は吉之の弱いところを攻め立てる。格闘技のように弱いところを、自らも知らない急所を、いろんな体位で女を攻め立てる漢のように。吉之は高麗人参の入ったドリンクで応戦する。また、カフェインの入った薬で、生姜の浮かんだ紅茶で。喉元を締め付ける裸締めを、顎の位置を相手の肘の方にずらして、その肘を両手で持ち上げて逃れた。ボディーブローを食らっては、咳を激しくして朦朧となり、前頭葉が闘争心を失っている。どうしようもないニコチン中毒が襲いかかり、タバコをふかしては、勝敗などもうどうでもよい疲れ果てたボクサーのように荒い息を吐く。
 ドクターが出てきて、じっくりと吉之を観察した。その目は、あらゆる人をつぶさに観察しつくした、人間をひとつの記号たらしめるようなもの。おとなしく喉に薬を塗られ、白い錠剤を飲み込み、吉之は眠った。境界線のない眠り。境界線のない目覚め。病を体に抱えている時の、手触りのない時間たち。いたずらに時の過ぎ行くのをよしとしない吉之の心は、天井に向かってジャンプした。
「僕にはバネがある!」
そして、カントクの電話を思い出した。サツキさんと会った後、夜に携帯が鳴った。
「あの女はさ、頬が丸く盛り上がってるだろ? 膨らんでるんだよ。心とか、何か、胸とか、なんかそんなものが。人より高いところを好んで、男に引っ張っていってもらうような女なんだよ。まぁ、昔でいうところの大様の妾って言うの? つまりは体で稼ぐ売女と同じだよ。気にすることない」
 吉之は思う、でも言わなかった。「あの人は、他人の不幸を考えるのが苦手なんだ。それどころか、不幸の存在が信じられないんだ。それにもまして、不幸な人間の魂が造り上げた世界がこの現実なんだと気づきもしないんだ」そんなことを。
電話を切った後で吉之は自分の不幸が世の中の原動力になる夢を見る。僕を通り過ぎる人は皆、勇気をもらうんだな。そんな夢。

『人間は幸福を避けて生きるものではない』そんな感じの言葉がどこかにあったことを、ふと思い出す。本当ですか? と訊き帰す。

 生来から備わる、磁力のように不幸を引き付ける力は、吉之を慢心で膨らました。小さな不幸でも砂金をさらうように細やかに掬い取る人間は、
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ