暁 〜小説投稿サイト〜
『ステーキ』
ヨシユキの話
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いるのでしょ? だったら表現をしなきゃ駄目じゃないかな。人間ってのはさ、生れ落ちたときから批判者の雨にさらされているものだと思うわけ。それで、みんないろんなことで勝ちを求めているんだと思う。モデルなんか良い例でしょ? 顔で勝つ。カントクさんも才能で勝つ。誰かが腕力で勝つ。何でもいいけど、批判者をねじ伏せるまで自分自身を知った風に言っちゃいけないと思う。雨に打たれている自分を肯定するのは幾分ナルシズムにひたっていると思うし、勝ちを知らない人は、幸せを求めても何か後ろ暗い、敗者のオーラをまとっていると思うんだ。だからさ、優しさだけじゃなくてがんばれ、と」
 サツキさんはコーヒーに口をつけた。はじめて口をつけたのだと思う。
「ぬるくないですか?」とカントクは言った。大丈夫、と彼女は返した。僕はしばらく黙っている。サツキさんは事務所の社長の悪口を言い始めた。硬い空気を壊すのにもってこいの話題だ。もう僕に言うべきことは言いました、ということだと思う。
話題は月謝目当てに可能性の無い子たちを入所させることについてだった。サツキさんの表情は柔らかく目じりからほのかに色気が漂っているように見える。その柔らかな肩から二の腕の肉付き、興奮すると浮き出る首筋の血管。どれも女としての幸せをたっぷりと知っているためか、セックスを思わせた。吉之は自身の童貞としての自尊心があることを見つめる。僕はピュアだよ、と。それと同時にサツキさんのいる世界に憧れを感じている。その世界はしぐさ一つ一つがセクシャルな雰囲気に満ちている。
吉之は憧れの世界に行き着く術を、天才的な画家が、どのようにそこまで行けたのかを忘れるように忘れていた。
 セクシャルなビデオを見ても勃起ひとつしない吉之。とてもきれい。汚れた女を見て『売女』なんて、そんなことも思わないほどきれい。汚れた魂にも正しき風を吹き込めば柔らかい笑顔があふれるのではないかと思うほどにきれい。胸をくすぐる熱い情念は違和感があり、受け入れがたい。それはしっかりつかんでしまうと、体の中で色を失いどこかに消えてしまう。一番大事なところまで届かずにもと居たところへと還ってしまう。  
セックスは遠いところを旅している。それは吉之のいる世界をかすめて行く鉄道の事。小さな駅と、また小さな駅の長い間に、傍観者の目の届かぬほど遠く、閑散とした休耕田があり、その脇に赤いトタン屋根の吉之がいる。そこはとても静かで、風に吹かれてやってくる線路を踏む音が、吉之の何かを震わせている。淡い光が、遠くを走る車両の中に満ちている。それは吉之の願望かもしれない。淡い光。とても幸せな性欲たちの宴。
写真家がやって来て、吉之の赤いところを写そうとしている。吉之は思う。僕の何を撮ろうとしているのか。卑屈にはならない。目の下のクマも、皺の入ったお腹も、少し皮の長い陰茎も。それ
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