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『ステーキ』
ヨシユキの話
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その恋は彼の頭を固めている
 恋は風のようでなくてはいけない
 滞っているのです
 彼が受け止めている間 結界を張りなさい
 邪悪な魂が集まるから滞るのです
 それが手を伸ばす前に結界を張るのです
 いずれ彼は堕ちるでしょう


彼女は手洗いから返ってきて、輝いている。『愛』について全てを知っているかのように笑っている。鏡を見ると元気が出るのだろうか? この街を照らすのが、太陽から灯りにとって変わられる時間。
「つまりさ、想われているという意味わかる?」とカントクが言った。「想われているということは守られているということなんだよ」
 僕は彼女の顔を見て、胸を見た。顔はいつもより厚い感じだった。胸は輪郭のはっきりしたきれいな形だ。それが良くわかるシャツを着ていた。顔が厚いというのは、幾分繊細さが失われているということ。
『吸い込んでいる』と僕は思う。たっぷりとエネルギーを吸い込んでいるんだ。それを人は、落ち着きとか、肝が据わるとか、自信があるとかいうのだろうけど。
「事務所の人との付き合いとかわかるけどさ」カントクはその後を続けなかった。僕は彼女がモデル事務所の上の人たちと上手くやっているのを知っていた。それでも僕は、萎えることなく彼女に好いていることを伝えるためにここで会っている。僕の感情は言い得るなら「性欲の大きな塊の固い殻の周りを、それに触れまいとして浮遊する者」ということだと思う。彼女の胸を見ても、形の良いお尻を見ても、性欲とは違う何かが持ち上がる。それを好きと言って良いのかわからなかったけど、少なくとも僕が僕として生まれたからには言わねばならないことがある、と言うことだった。僕はカントクの方を見た。コーヒーをすすっている。その目は釣りあがりその細さをいっそう厳しくしている。
「つまりさ」と僕は口を開いた。「笑っているけど笑ってないんですよね。それだけで答えはわかるんですけど、僕の中にもサツキさんを幸せに出来る要素があると思ってここに来たわけで、でも多分もうそれは死んでしまうんですよね、多分」
 彼女は黙って聞いていた。幾分真剣に。そしてあきらめているようにも見える。
「僕の欲ってのはムツカしくて、人を幸せに出来ないとわかると、熱を失って空っ風に吹かれて乾いてしまう。粘りが無くて、その辺が自分自身を許せるところなんだけど、でも、僕の気持ちはサツキさんの心に何らかの影響があると思うんだ。真空が空気を求めるように、吸い付いてしまったから」
「それにどういう意味がある?」とサツキさんは質問した。
「傷つかないで欲しい」と僕は答えた。「まだ、あなたの中、僕の心、ある。サツキさん、傷つくと、僕痛いから。それだけです」
「ちょっと、言っていいかな?」とサツキさんは言った。「あのね、吉之さんはカントクさんのところでお世話になって
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