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『ステーキ』
マシモの話
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男は増藻の手を握った。

「ホント駄目かもな」そう言って、増藻は「お前、裏ピッチャー」と言った。「裏ピッチャー。面

白いな。ピッチャーってのは、あの指先に込めた力でバッターの骨折るからな。おい、もう一回握

ってみろ。おお、駄目だな。裏ピッチャーだな」

時計は昼の十時を少し回っている。彼ら五人はこれから商売をしに行く。

「行って来い」増藻はそう言うと、一人ひとりの臀部に竹刀を打ちつけ、激励した。

 増藻は、まぶたの薄い男に言う。

「いつものネックレスどうした?」

「…忘れたんです」

 まぶたの薄い男は押し殺した。昨日女に笑われたのだ。


狭いこの部屋は、札幌の中心地にある古いコンクリート製の三十数年もの。リノリウムは冷たく、

外の冬の寒さをたっぷりと吸い込んでいる。風は強く、古いサッシをカタカタ震わす。窓には二枚

のポスターが貼り付けられている。

「頼むよ叔父」そう言うと、増藻は目を閉じた。そこには行くはずの無い同窓会の風景が広がって

いた。

灰色のスーツに細い靴を履いた増藻はホテルの広い部屋に入る手前、喫煙スペースでタバコを吸い

ながら、片手にシャンパングラスを揺らしている。古い友達に、喫煙者は肩身が狭いね、などと笑

いかけながらグラスをピタリと唇にあてる。「追求」と思う。口当たりを追い求めるとこんな具合

のグラスができるんだね。女も同じだね。そんなことを話して会場に入ると、知らない女のイブニ

ングドレスの下で盛り上がるヒップが目に止まる。「時は人を変える」そんな文句が頭に浮かん

だ。この女にネックレスの事を聞かれたらなんと答えよう?

「これは、着けたとたん身体になじむんだ。なんというか人肌にマッチするようにすごくデンドウ

リツがいい。伝導率。わかる?」エロを含んでいるのだが解るだろうか?

タバコを捨てた増藻の左手の指は脂で黄色くなって、その指でポケットの鍵をもてあそんでいる。

ジャガー。彼は汚いものできれいなものをもてあそぶのが好きみたいだ。「運転? いるから大丈

夫。運転手」佐古という男は神経質な男で、キーが汗で濡れていると、丁寧に布で拭きやがる。戦

う男に汗はつき物だろう。この手汗のせいでどれほど損したかわからない。それをまたこの男は丁

寧に非難しやがるんだな。

「日焼けしてるね」と話しかけられると、「南国に行く余裕なんて無いよ。でも、前世は南国の人

だけどね」この街に嫌気が差してんだ。

 叔父さんが演説している。高校の先輩。

「叔父さんは俺のこと誇りに思ってくれたよね。俺がこの世界に入ったときにかけてくれた言葉、

覚えている。『この世の中には穴が開いている。神
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