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王道を走れば:幻想にて
第五章、その1の3:狂王の下僕
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沢山・・・)

 思いとは反対に、ついにチェスターの指がそれに触れた。ナメクジのような繊細で汚らしい指が無遠慮に指輪を掴み、己のものにしようと取り外しにかかる。宛ら無垢な処女を犯すかのような行為であるのに、チェスターは嫌らしき笑みを浮かべていた。嘗てそこに浮かんでいたであろう朗らかで情熱的な青年の顔は消失し、人の命や尊厳をなんとも思わぬ残忍な殺戮者の顔が現れていた。
 瀕死の淵にあった慧卓の胸中に、ふつふつと怒りの念が込み上げてきた。指輪は慧卓にとって、彼と彼の第二の故郷を繋ぎとめる絶対的な象徴の一つなのである。これを奪われるくらいなら、卑賤の身に堕ちたチェスターの手にかかって死ぬくらいなら、自分は悪魔と手を取ってでも生き延びてやるとまで考えてしまうほどだ。しかし現実にはそれを実行する事ができず、気力だけが空回りとなってしまう。それが悔しくて堪らない。遠い異邦の地で仲間に看取られる事もなく死ぬのが堪らなく悔しい。

(こんな所で、死んでたまるか・・・!!)

 慧卓は残った力を振り絞るようにチェスターを睨み付ける。視界は澱んでおり相手の顔を捉える事もままならない。だが最後まで屈服の意思を見せる訳にはいかないのだ。それが騎士としての意地であり、王女に命を捧げた者としての義務でもあった。
 ぼやけていく視界の中、彼は幻惑を見る。静けさに満ちた宮廷の一室で、その人は寂しさを煩わせるように窓から外を見遣っていた。綺麗な海のような水色の髪に、慈愛に満ちた琥珀色の瞳。一流の美術家でも作れぬであろう、愛らしさと美しさを同居させた天性の美顔。自分が心よりの忠誠を誓った一人の少女。

 ーーーせめて最期は、コーデリアに会いたかった。

 その時、沈みゆく意識の中で慧卓はふわっとした浮遊感に襲われる。天国に導かれるような穏やかなものではない。まるで何か得体の知れないものに身体の支配権を奪われるような、思わずぞっとする浮遊感であった。身体から魂が引き離される一方で、その何かが身体に乗り移る感覚を感じる。
 慧卓が最後に見たものは、嘗て王都の宮廷にて契約を誓った際に虚空へ消えてしまった筈の、銀色のフィブラであった。



ーーー同刻、王都にてーーー



 びうびうと、本格的に吹き荒れる降雪によって王都は森閑としている。宮廷の自室からそれを見下ろしていたコーデリアは、心配げに北の方を見詰めていた。その手元には、常ならばドレッサーに仕舞われている紫の宝玉がついた首飾りが握られていた。どうしてかは分からないが、今日はそれを持っていなければならない気がしたのである。北方の空に掛かる暗澹とした雪雲の向こうで、本能からの畏怖を呼び起こすような不気味な気配が感じられ、それを打ち消すのがこの首飾りであると、無意識に信じてしまっているのだ。

(ケイタ
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