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王道を走れば:幻想にて
第五章、その1の3:狂王の下僕
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し慧卓はこの時点で一つ、思い違いを犯していた。魔術を行使するための道具を錫杖一本だけだと認識していたのだ。火球を繰り出すのが常に錫杖であったため、意識がそれに集中していたためかもしれない。それを奪えばチェスターは魔術を使えなくなると、半ば本心から信じてしまっていたのだ。それこそが、慧卓の致命的な晒す切欠となった。
 慧卓が魔道杖を構えてるには1.5秒ほどかかる。しかしその僅かな間、チェスターは脳裏に奇妙な命令のようなものを聞いていた。まるで神が直接、脳内に話しかけてくるような感覚であった。

《余の言葉に耳を傾けよ、若き贄よ》
(・・・なんだ?)
《我にそなたの身と、心を委ねよ。》
(だ、誰なんだ?誰が話している?・・・まさか・・・あなたは・・・)

 その声はよく聞くと、脳内では無く、まるで義眼から発せられているように思えた。それを理解した途端、精神をどろどろとしたおぞましい物が穢していく。理性の声が最大限の警鐘を鳴らした。『ここで踏み止まらなければ、お前はここで終わりだ』と。しかしチェスターはなぜか、脳内の命令に忠実であればあるほど自分自身に価値が見出せるような感覚に陥り、理性の声は彼方へと遠ざけられる。理性は一度行ったら二度と帰れぬ、虚無の彼方へと消えて行くような気がした。
 慧卓の魔道杖に魔力が篭っていく。発射されるまであと1秒も満たなかった。しかし今のチェスターにはそれで充分であった。まるで曲芸師の如く身体をくるりと反転させ、それに合わせて右手を鋭く振った。慧卓は眼前で、赤黒い光が放たれたと認識するも攻撃の手を止めようとはしなかった。しかし一向に魔道杖からは火球が放たれなかった。むしろおかしな事に、慧卓は杖を握っていた右手の感覚が無くなっているのに気付く。手首から先が、あるべきものが無くなったかのような空漠とした感覚であった。

 ーーーあれ、おかしいぞ?

 疑問が深まろうとした瞬間にチェスターの笑みが深まり、今度は突き出すように右手が翳された。途端に慧卓の胸の前で大きな爆発が発生し、慧卓は身体を吹き飛ばされて床に転がってしまう。ナップザックの紐が焼き切れて背中から放り出される。錫杖だけは決して離していなかったが、床に転がった際、何かと一緒にどこかへと転がってしまうのが分かった。
 うつ伏せとなって倒れる慧卓は、視界にぱちぱちと現れては消える蚊のような幻覚を見る。寝苦しさを覚えて仰向けとなろうとしたが、朦朧とした彼の視界に、徐々に赤い雫のようなものが流れていく。これは何だと思う前に、右手から発される空漠感が、突如としてマグマで煮られるような激烈な痛みに変化する。

「っぃぃっ・・・ぁぁあっっ・・・!!」

 何が起こっているのかを見て、慧卓は思わず絶望を瞳に浮かべた。右手が消えている。手首から先がばっさりと無く
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