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短編集
風になりたい
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暖められていて熱く、直ぐ様離した。
 西に見える積乱雲は、風があるし、一時間もせぬ内にこの地で雨を降り注ぐだろう。


 フェンスを越えるのには中々難儀し、階段がある場所の裏手の日に当たらないところから、なんとか超えることができた。フェンスの外側の、一尺程せり上がった縁に登って立つ。両手を広げて、バランスを崩さぬように縁を歩き始めた。
 時折吹く強めの風が体を大きく揺らし、それは直ぐ様諦めることになってしまった。空を見ると、思ったよりも積乱雲の足が速いらしく、もう少しで太陽が隠れそうになっていた。
 北側のフェンスの外に移動する。ここまで履いてきた靴を脱ぎ、裸足になる。あんまり形式張ったことは好きではないつもりだけど、靴を履いたままで格好がつかない気がする。
「〜〜〜♪」
 お気に入りの曲を、最後に口ずさむ。
 縁に乗り上げる。真正面には、太陽。
 歌を、歌う。あの人に会えて幸せだったと。そうして歌は、いつか呟きに。頭に浮かぶは一人の人。私の、好きな人。
「風に」
 その瞬間、先ほどまで吹いていた風は、ピタリと止んだ。次に吹くのは他の何かの風じゃない。今度は、私が。
「風に、なりたい」
 太陽に向かって、駈け出した。無風の中、ただ一つの風になって。
 ただ、風に。風に。風に風に風に!
 終わりはすぐにやってくる。如何に私の足だろうが、病院の一辺の長さなんてたかが知れてる。
 駈け出した刹那、誰かが、私のことを呼んだ気がする。だが、それを置いてけぼりにして、足を緩めずただ前へ一歩目を踏み出す。二歩目、三歩目、駆けろ、駆けろ、駆け抜けろ!
 そうして、残り一歩。落下を恐れない、ただ前を見る。そう、この瞬間、私は、風に、風に!
 最期の一歩を踏み切った。浮遊感が体を包む。私の体と地面は二丈以上ある。だけどこの浮遊感が続くのは、一瞬。その一瞬に、人生全てを賭けた。目指すは太陽、その身を風に。落ちるは地面、血の吹雪と化すまで。
 嗚呼、でも、貴方の温もりを最期に感じていたかったな。
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